内情
◇
(居た…!彼に間違いない!…良かった。食事中だったのか)
幸いなことに食堂には目的の彼と、部下らしき若い魔術師の二人しかいない。クーンツにとって非常に好都合だった。奥のテーブルについた一人の王宮魔術師。彼の顔を見た瞬間、すぐに彼の影を探した。
椅子の下に燭台の光によって彼の影が伸びている。魔術師の制服のローブの影。注意深く観察するが、本人自身の影だった。それを見てクーンツは、ホッと安堵した。
言伝を頼んだ若い魔術師が、クーンツが目した人物に近づき、小声で話しかけている。
若い魔術師が自分の事を伝えたのだろう。顔を上げるとこちらを見た。怪訝な表情だ。
(流石にこちらの事は憶えていないか。お互い王宮を出入りする身分だが、接点なんてあんまりないからな)
それでも彼はこちらをじっと見つめたまま、記憶を呼び起こすような表情を続ける。ふと、何かを思い出しかけたような眼になる。
時間が惜しい。クーンツは相手が思い出すのを待っていられなかった。
(待っていられない。構うものか!)
無礼を承知で食堂に入り、彼の顔を見つめたまま近づいていく。断りなしに入室したクーンツに少し驚いた表情のまま、彼もまたクーンツの顔を凝視する。
突然、彼の表情が変わる。…激変と言って良いくらいだった。驚愕の余り余り眼球が眼窩から飛び出さんばかりになった。
(思い出したようだな…それにしても、”あの時”とおんなじだな。非常に分かりやすい。魔術師というのは、もっと狡猾で食えない奴ばかりだと思っていたが…あれじゃ三歳の子供より感情を隠すのが下手だぞ)
クーンツとプアニの様子を見て、見習い魔術師は気を遣うかのように、慌てて席を外す。足早に食堂から姿を消した。内密に話をしたかったクーンツにとっては好都合だった。
パニックに陥っている王宮魔術師にクーンツは気にせず話しかける。
「王国軍第三騎士団分隊長を務めるクーンツと申します。急な無礼をお許し頂きたい。どうしてもお伺いしたい事があって参りました…そこで大変失礼なのですが…先ずは貴殿のお名前を教えて頂きたいのですが」
礼を失しているどころの騒ぎではない。”どうしてもお伺いしたい事がある”と言った割に、名前を知らぬから教えてくれと言っているのだ。
ただ、クーンツの有無を言わさぬ圧力に、王宮魔術師は完全に屈していた。言い返すことも無く、震えながら自分の名を名乗った。
「お、王宮魔術院所属の王宮魔術師、プアニと申しますが…騎士団が、わ、私に一体何の用ですかな…?」
「プアニ殿か…なるほど。それで、プアニ殿。一か月ほど前、貴殿とケーア様が立ち話をしていた件で伺いたい事があるのです」
時間が無い。クーンツはどんどん切り込んでいった。この哀れな王宮魔術師は震え上がっている。余裕を与えずに畳み込んでいった方が、真実を話すだろう。
「…確かに話してはおりましたが…」王宮魔術師の表情は相変わらず上ずっている。
「大変失礼ながら、ケーア様をお迎えに行った時、私の耳に話の一部が入ってしまったのです」
「……」
「その事が、現在、オーク討伐隊に置かれている状況と関係があると思われるのです」
「……」
「あの時ケーア様と話していた貴殿は、今と同じような表情をされていました。目玉が飛び出しかねないくらい顔を引き攣らせておられた」
「……」
「教えてください。なぜ、魔術師ヴェホラは王宮魔術院の職を辞して、王国を出奔されたのですか?貴殿のあの時の表情…何か重要な理由があったのではないですか?」
クーンツの眼を凝視しながら震えるプアニ。”言って良いものか、言わない方がいいのか…”そんな心の中のせめぎ合いが見え隠れした。
(プアニの知っている情報は、王宮魔術院の中で噂になっている類のものか?もしそうなら他の魔術師に聞いた方が早いか?いや、ここまで来たら、プアニ殿から情報を引き出した方が良い。この顔だ。他にもいろいろ知ってそうだ)
そう思いながらプアニの顔を鋭く見つめ、何か言うのを待つ。プアニは陥落寸前だ。クーンツには自信があった。
「い、一体何の話ですかな…」プアニはクーンツの視線から逃れるように、下を向き眼を逸らしながら答える。ダメだプアニ殿!下を向いてはいけない!飛び出した眼球が床に落ちてしまう。
「隠すのはやめて頂けますか?私には貴殿が何か重大な秘密を知っているのが分かります。教えて頂けますか?」
「ケ、ケーア様が私に尋ねた内容ですかな?」
「そう。その事です。私はケーア様が、貴殿にヴェホラが王国を出奔した理由を尋ねた。その時あなたは今と表情をされ、答えるのを拒まれた」
「そ、それは…」
「王国火急の件に関わるのです。教えていただけますでしょうか?」
「…」
「教えて頂けますね?」クーンツは強い態度に出た。プアニは観念したように話し始めた。
「噂…あくまでも噂ですぞ?王宮魔術院と王宮内の一部の人間しかしらない噂…」
「分かりました」
「私の口から口外したというのも伏せて欲しい。御約束してくれますか?」
「大丈夫です。口外する様な事は致しませんから」クーンツは誠実そうな表情を作り頷いた。横で聞いているデファンも、紳士然とした態度で頷く。
二人の態度を見たプアニは絞り出すように言葉を発した。
「実は…前国王殿とヴェホラ殿は…密かに逢瀬を重ねていたのです」