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謁見 3

 ◇

 

 

 

 デファンら追跡者隊隊員は、王との謁見は許されなかった。クーンツは独りで国王に謁見することになった。

 食事の間の入り口で立ち膝の姿勢になり、こうべを下げ王への忠誠の意を表す。

 

 「王国第三騎士団分隊長クーンツであります。国王殿に御報告したい事があります」

 「クーンツか。入れ」親衛隊隊長の声が響く。

 

 クーンツは食卓の端まで進むと、そこで再び立ち膝の姿勢になる。国王は食事用の長いテーブルの一番奥に座していた。室内に入り歩を進める時も、クーンツには国王の顔を見る事は許されていなかった。

 

 ”国王の御顔を見ても良いのは話をする時のみ”これは絶対的な礼儀だった。

 

 「オーク討伐隊所属の第三騎士団か。クーンツ分隊長と申したな。ご苦労であった。我に火急の要件があるそうではないか。おもてを上げ、話してみよ」

 

 頭を垂れ、立ち膝の姿勢を取ったクーンツに若い男の声が降りかかる。王家の嫡男として育てられ、現国王に即位した国内最高権力者だ。少年ぽい幼さが残る声の中に、少し尊大な雰囲気も滲ませていた。

 

 クーンツは顔を上げ、国王ハーシュ七世の顔に視線を当てた。今度は先ほどと逆だ。視線を外したり、ずらすという無礼は許されない。注意しながら視野の端に注意を払い、七世の影を確認する。

 

 (あれ…?)

 

 クーンツの心の中に疑問符が点灯した。もう一度、視野の端に写る六世の影を確認する。

 …彼の影は本人の影だった。ヴェホラの影ではなかった。

 

 (国王殿はヴェホラに操られていないのか?)

 

 クーンツは動揺し国王への返答が遅れた。すぐさま親衛隊長の声が鋭く響く。

 

 「どうした?クーンツ。何をしておる。無礼であるぞ!早く報告せんか!」

 「はっ!申し訳ございません!」

 

 (オークの指輪の力を信じるしかない。七世殿は魔法によって操られたりはしていない。そのつもりで報告だ)

 

 クーンツは、六世殿が操られていなかった場合を想定した報告を行った。全てを包み隠さず報告するわけではない。食事の間には、近衛師団団長オラベリアと、ヴェホラに”魅了”されているバドサ連隊長が控えているのだ。余りペラペラ話すのは危険な気がした。

 

 「ご報告致します!オーク討伐隊は、昨日午前、オークの生地せいちである”蜥蜴の這う谷”にてオークの奇襲攻撃を受け、大きな損害を受けました」

 

 その場にいた国王とその側近は、何の反応も見せずに静まり返っている。クーンツは何か反応があるかと暫く待ったが、沈黙が続いているため報告を続けた。

 

 「討伐隊は隊列を分断され、包囲攻撃を受けたメランダー隊長率いる第二歩兵総隊は敗走致しました。”神の遣わし子”であるケーア様は、オークとの一騎打ちで戦死されました!」

 

 ケーア様戦死の報を聞いた時、流石に広間の空気が変わった。”信じられない…”そんな空気だった。クーンツは何とも言えない重たい空気を感じながら、最後の報告を行った。

 

 「第一歩兵総隊ウデラと騎士団が協力し、脱出路を構築して撤退致しました。殿しんがりは、シャルディニー隊長指揮の重装歩兵隊が撤退遅滞戦を行い、オークの追撃を阻止しています。ジョナス騎士団長とユメカ殿も共に脱出致しました。わたくしクーンツが、追跡者隊隊員と共に王国に報告すべく、一足早く城まで馬を走らせました。以上になります」

 

 クーンツは、討伐隊撤退については創作…つまり虚偽の報告を行った。デファンの話から始まったオークとの対話、ヴェホラの復讐、黒の邪神については沈黙しておきたかった。それ故の辻褄合わせだった。

 

 本当なら、国王が操られていないと分かった以上、正確に報告すべきなのだろうが、ヴェホラの分身と化したバドサ連隊長が同席している上、もう一人の分身である女中長が、広間の入り口で待機している。

 

 耳聡みみざとい彼女の事だ。扉の前で必死で耳を澄ませている事だろう。 バドサ連隊長と女中長。二人の耳があれば、ヴェホラは貴重な情報を入手出来ることになる。口を閉ざすのが賢明であろう。

 

 クーンツが報告を終えた後も、食事の間は静まり返ったままだった。誰もが口をきかない。周りに控える側近達が、そっと国王を窺った。そう、今回のオーク討伐作戦は、七世殿の命によって始まったのだ。

 最高指揮権を有するのは国王ハーシュ七世。彼が声を発するまでは、周りの人間が口を挟むことは許されない。

 

 痛いくらいの緊張した空気が流れていた。ようやく国王は口元に手をやりながら口を開いた。

 

 「そうか…まずはクーンツ…ご苦労だった」国王は十七歳とは思えぬ落ち着いた態度でクーンツへの労をねぎらい話を続ける。

 

 「それにしてもケーア様が戦死とは…間違いないのだな?」国王は未だ信じられない。といった表情で確認する。

 「はい。同じ騎士団のユーハーソン分隊長が確認致しました」

 「そうか…”神の遣わし子”が戦死とはな」国王は沈痛な表情だった。国王は啓亜ケーアの死に思いを巡らすように少し沈黙したのち、クーンツに質問を続ける。

 

 「それで、シャルディニーは、依然、オークと戦っておる可能性があるのだな」

 「はっ…我々を逃すための時間稼ぎ、つまり遅滞戦を行っておりました。現在の状況は不明ではありますが」

 「救援要請は?」

 「あの辺りを管轄している、第七陸防師団へ伝書鳩による救援要請を行いました」

 

 実際に自分が行ったわけではないが、クーンツはユーハーソンが通信を行ったと固く信じていた。

 

 「なるほど…分かった。道中メランダーとは出逢えたか?」

 「いえ、恐らく隊をまとめるための行動を行っているのかと思いますが…」

 

 クーンツは、王城に向かう最中に第二歩兵総隊らしき敗走兵を何人か見かけた。だがその数は余りにも少なかった。彼らは正規兵に見つかることを恐れている。

 なので馬鹿正直に街道を歩く間抜けなど、殆どいないということだ。メランダーは自分の隊を掌握すべく、街道から外れた場所を従兵と共に駆けずり回っているのだろう。

 

 「全く…徴発雇用兵の士気の低さと、逃げ足の速さには失望しますな」

 バドサ連隊長は大げさにうんざりした顔をする。オラベリア師団長も渋い顔だ。

 

 (いや、あなた方の近衛師団は全員王国正規兵…しかも成績抜群の者で構成されているじゃないか。それに比べて徴兵雇用、基本的に士気が低く、何かあったら逃げ出そうとする徴発兵を指揮するウデラやメランダーが、どれだけ大変か、あんたら分かってないだろう?)

 

 騎士団というエリート部隊の分隊長を務めている立場からすると、オラベリア師団長やバドサ連隊長と同じ感情を抱くはずなのだが、クーンツはむしろ逆で、二人に対して怒りに似た感情を抱いた。

 

 歩兵隊との協同作戦に参加する事が多いためか、いつの間にか歩兵隊指揮官の心情を理解できるようになっていたからだ。

 

 「バドサ…今はそのような事を話している場合ではない」国王はバドサに向かって五月蝿そうに手を振った。再びバドサが震え上がって大人しくなる。

 

 国王は沈黙した。それは短い時間だった。次に打つべき手を考えているらしかった。傍に控えている側近と何か言葉を交わすと、すぐに新たな命令を発した。

 

 「シュミット師団長」

 「はっ!」

 

 国王と共に食卓に着いていた一人の男性が立ち上がると、クーンツの横で立ち膝の姿勢になる。

 

 「シュミット…出動命令だ。麾下の第五陸防師団を直ちに”蜥蜴の這う谷”へと向かわせろ。オーク討伐隊の救援と遊兵の掌握、そしてオークが突出してくる可能性がある。その警戒が目的だ」

 「承知しました。陸防師団全兵力で出動ですか?」

 「陸防師団の全兵員数は五千名だな。準備完了までどれくらい時間が掛かる?」

 「進軍可能までは半日…明日の昼前になります。準備自体は数時間で終わりますが、今から準備となると歩兵は睡眠を確保できません。準備完了後、ある程度仮眠を取らさないと、徒歩移動の歩兵は疲労で動けなくなります」

 「それで構わん。第七陸防師団も動いているであろうから、時間的に余裕はあるだろう。念の為、第七陸防師団に騎馬伝令を送れ。伝書鳩も飛ばすのだ」

 「承知いたしました」

 「よし、シュミット師団長。動け」

 「はっ!」

 

 シュミット師団長は立ち上がると、一礼すると足早に広間から立ち去った。残されたクーンツに国王は言葉を掛ける。

 

 「クーンツ。ご苦労だった。あとは第五陸防師団と第七陸防師団が対処する。お前は下がって休息を取るがよい。大丈夫だ。お前の仲間は王国軍が救う。心配する事は無い」

 「はっ。お気遣い感謝いたします」

 

 クーンツは、これから王宮内で情報収集する任務が残っている。ある意味王の謁見よりも重要だ。休息を命じられて自由の身になった事は幸運だった。彼は心の中で安堵の溜息をついた。

 

 「クーンツ下がります」そう言いながら、国王に対して深々と礼をした。

 

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