謁見
◇
「デファンご苦労だった。王城が見えて来た」
「とんでもございません。分隊長殿。無事に到着して何よりですが、これからが本番ですね」
(そうだ…一昼夜走り続けて、なんとか城には辿り着いた。そしてこれから七世殿との謁見だ。王国に戻るのが目的ではない。今回の謎と儀式の阻止が目的だ)
クーンツは自分の気持ちを引き締めた。ただ無事に王国に辿り着くのが目的…と錯覚してしまうくらいの強行軍であったのは確かだ。
撤退中のウデラに追いついて、危険地帯は歩兵隊の隊列に混じって進軍した。その時、クーンツはウデラに事の次第を説明した。ウデラは驚き、谷へ引き返すべきかクーンツと相談したが、負傷者が多すぎて戻っても行動の邪魔になると判断して、そのまま王国に戻る事に決定した。
危険地帯を抜けるとクーンツとデファンそして追跡者隊数名は、ウデラに別れを告げ、王城目指して馬の速度を一気に上げた。
日が暮れて、夜になってもギリギリまで馬を走らせ、馬には最低限の休息と人間は仮眠を取るために簡単な野営をして、翌日からはひたすら馬を走らせていたのだ。
クーンツ達は城下町に馬を進めた。疲労で身体が重い。だが休んでいる暇は無かった。疲労困憊の馬を励まして、厳めしく壮麗な王国城の城門に赴いた。
「オーク討伐隊所属、第三騎士団分隊長クーンツだ!国王殿に至急お目に掛かりたい!通して頂けぬか!」
クーンツは門番をしている城兵に叫ぶ。城兵はクーンツの姿を確認すると、慌てて奥に姿を消した。上官を呼びに行ったのだろう。
「クーンツ殿か。貴殿だけか?討伐隊はどうした?」
尊大な声が響く。城門を守る王国近衛師団のバドサ連隊長が、城門の横に建てられている望楼に姿を現した。
(アンヘル・バドサ…相変わらず鼻持ちならん奴だ。近衛師団所属という名誉がそれほどまでに偉いのか…)
クーンツは王の守護兵たる近衛師団に対しては敬意を表していた。そう、王国軍のエリートである騎士団ですら、尊敬の念を持って接していた。いわんや一般の兵は、近衛師団の煌びやかな揃いの鎧を遠くから見ただけで緊張する有様だった。
それが災いしてか、近衛師団兵達のエリート意識は高かった。”異常”と言っても良いほどだった。それが故に、皆、近衛師団には敬意を払っていたが、同時にそれ以上の強い嫌悪感も持っていた。その近衛師団の役職付きの人物である。言わずと知れた傲慢さだった。
「それについて国王殿に御報告したい事があるのだ!」
「国王殿は、もうすぐ御夕食の時間だが…それを邪魔するほどの問題なのか?」
(バドサ…お前は自分で言っていただろう!”討伐隊はどうした?”と。その事で話があるんだよ!勿体付けてないで、早く門を開けてくれ!)
クーンツは心の中で毒を吐きながらバドサ連隊長を睨む。夕暮れ刻。夕陽が望楼を照らし長い影が落ちている。バドサ連隊長も自身の影を、望楼の壁面と地面に落としている。
(…!?)
その影を見た時、クーンツは思わず見直した。影の形が何か変だった。影というのは当たり前の話だが、本人と一心同体で同じ行動をするし、縮んだり伸びたりするが本人と全く同じ姿の筈だ。
(当たり前の話だ…じゃ、連隊長の影はどう説明する?)
連隊長の影は明らかにおかしかった。彼は鎧を身に付けているのに、その影は鎧を着た姿には到底見えない。
(あれは…あれはローブ、そう、ローブを着ている人間…しかもあのシルエットは女性じゃないか?)
クーンツの背筋に、ぞっと寒気が走った。今まで当たり前だと思った肉体と同一の姿をしている影。それが、全く違う姿をしている。得体の知れない恐怖を感じた。クーンツは、バドサ連隊長の横で控えている城兵の影を確認する。勿論、城兵の影は本人の影そのものだった。
「…クーンツ分隊長殿」
クーンツの様子がおかしい事に気が付いたデファンが、耳元そっと囁きかける。
「もしや、連隊長殿に…何か異変を感じているのですか?」
クーンツは無言で頷いた。そしてそっと左手を見せる。小指に例の指輪が嵌められた左手を。
「ああ…。…でもまさか…」
デファンはクーンツの言いたいことを察すると、信じられない。と言った表情でそっと呟いた。
「どうした?クーンツ?何を黙っておる?謁見は夕食後…いや明朝でもよかろう?」
バドサ連隊長はクーンツが黙り込んだのを見ると、自分の威光と勘違いして嬉しそうに畳みかける。
(俺が見ている連隊長の影…これは本物だろうか?俺の判断を惑わすためのオークの陰謀…いやそんな事をして何の意味がある。この影は本物だろう)
クーンツは心の中でひとつ頷く。
(つまり連隊長は、ヴェホラの”魅了”の魔法によって操られている)
…ではなぜ?
クーンツはシャルディニーとの会話を思い出す。
『シャルディニー…。これはまずいな。ユメカ殿が危険だ…前国王殿は、呪いの他に、継続毒によって体を蝕まれていた。警戒の厳しい王宮、しかも国王という最重要人物に毒を盛る事が出来るのは…』
『”毒牙”か?ヴェホラは奴らと結託していると?』
(そうだ。いくら”毒牙”が数々の要人暗殺を手掛けていると言っても、王国内で最も警戒が厳しい王宮に潜入して、前国王の病床にそうやすやすと近づけられるものではない。手引きした者がいたはずだ。となると、ヴェホラ…やはりお前が絡んでいたのだな。もう間違いない)
魔法によって操られたバドサ連隊長が、”毒牙”の刺客を城内に引き入れたのは間違いない。そしてその魔法を掛けたのはヴェホラだ。それはバドサ連隊長の影がローブの女性に変貌している事から明白だった。
「デファン。連隊長に何か違和感を感じるか?」
「いえ、いつも通りのバドサ連隊長殿ですね…そのぉ、威風堂々とされているというか…」
”威風堂々”は傲慢な態度な連隊長に対する、デファンの精一杯の皮肉なのだろう。クーンツは心の中で苦笑した。
「普段通りに見えるバドサ連隊長は、ヴェホラによって操られている。間違いなく。王宮内の人物でも思わぬ者が、”魅了”の魔法によって操られているかも知れぬ。質問する相手は慎重にせねばならんな」
「承知いたしました。質問する相手はクーンツ分隊長殿にお任せ致します。私は指輪を持っていないので、その区別が出来ませんので」
「分かった。大丈夫だ。任せてくれ」