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作戦

『黙れ。”殺傷力”……』押し殺した心の声が飛ぶ。殆ど自分の意思では無かった。

 

 (”殺傷力”……すげえ名前だ)綽名か本名か……オークの命名方式は分からない。それでも、この鬼のようなオークにはぴったりな名前だった。

 

 『我らはオーク……わが命など惜しくは無い! わが部族と、『獅子と蛇』を守るためなら、自分の命、投げ捨てても構わんわ!』殺傷力が吠える。

 

 『工夫すれば勝てる……と言ったら? 我が言葉を聞くか?』英俊は思わず叫んだ。お互いの怒鳴り声が脳内で響いて頭が痛くなりそうだった。

 

 『は……我らが闘争心だけでは足りぬのか?』

 『我はそれを頼りにして、『鷹の舞う地』の戦いで、一度は命を落とした』

 『……』

 

 ”殺傷力”は、この言葉を聞いて、流石に黙り込む。

 

 『”深い水底の魚”よ』俺はオークシャーマンに話しかける。

 『なんでしょう?百人隊長』彼は相変わらず落ち着いている。

 『”魔眼”を持つ烏は、まだ討伐隊を尾けているのか?』

 『はい。ただ、奴らの”追跡者チェイサー”が気付き始めております』

 

 (”追跡者チェイサー?”)なんだそれは。……そう思った瞬間、脳内にイメージが広がる。

 

 猟犬を従え、皮鎧にクロスボウ、ダガーを装備した俊敏そうな男たちが、討伐隊の前、後ろ、側方を警戒するように付き従っている。一人の”追跡者”が、こちらをしきりに気にした様子で視線をやる。横についている猟犬も、興奮したようにこちらを見ながら、背中を低くして威嚇の姿勢を取っていた。討伐隊と”追跡者”の姿は見下ろすような視線で小さく見えた。……魔眼を持つ烏からの見えている風景が、英俊の脳内で再生されているらしかった。

 

 (なるほど……嚮導とか警戒のスキルを持つ者たちだな……烏が一羽だけ討伐隊を追っていれば……そりゃおかしいよな。不審に思うだろうな)

 

 討伐隊は長い一列縦隊で歩いている。兵達は意気軒高。だが、表情には『もうこれで終わりだ』という弛緩した色を見せている。烏の視線が騎士を捉える。兜の面貌ベンテールを上げたその表情が眼に飛び込む。ニヤニヤ笑ったその表情は、『オーク達を軽く始末して、城に帰って一杯やりてえ』と言いたげだった。

 

 やつらは油断している。その時、かすかな話声が聞こえた。

 

 『野兎を一羽、操りました』オークシャーマンは一言話すと、集中した顔を見せた。遥か遠くの、ここまで到達するのに一日かかる距離。そこにいる烏や野兎を操るのか……なんという魔力だ。……だが、オーク達の戦いに、この魔力が有効利用された事は無いのだろう。だからこそ、今や全滅の危機を迎えているのだ。

 

 『啓亜さぁ。あの豚どもの本拠地ってどこにあるの?』

 

 ……ハッとした。粟國の声だ。姿は見えない。シャーマンに操られた野兎が隠れながら声だけ拾っているのだ。

 ここで何か違和感を感じた。オークの言葉も、人間の言葉も全て日本語に変換されているのだ。……この事に今気が付いた。余りにも色々あり過ぎて、こんな大切な事に、今気が付いた。二つの種族が同じ言葉を話すとは考え辛い。と言うより日本語を話す訳ない。

 

 (やっぱり夢なのか?)

 

 ”『獅子と蛇』の導きだ。細かい事を気にするでは無い” すぐさま重たい声が響く。……細かい事では無いけど……でも。

 

 (……でも、いいや。これが夢であろうと何であろうと決めたんだ。俺は討伐隊と戦うと。集中しよう)英俊は、野兎が拾う声に耳を傾けた。

 

 『あと、一日行軍して、『深淵の森』の中に入る。そしたら涸れた川があるからそこを通り、『蜥蜴の這う谷』って呼ばれている涸れ谷を抜けたとこ』

 啓亜の軽薄な声が聞こえる。

 『そっか。まだ豚どもは生き残ってるのかな?』

 『まだ、残ってるだろうなぁ。でも、楽勝だよ。あいつら馬鹿みたいに突っ込んでくるだけだから』

 『作戦はあるの?隊長殿♪』粟國が茶化したような、でもどこか甘えたような声で深馬に質問する。その甘ったるい言葉に英俊は吐き気を覚えた。

 

 『一列縦隊のままで突っ込んでもいけるでしょ?知恵の廻らない奴らだから』

 『そうだねー』

 

 英俊は真剣に耳を傾けていたが、声が段々と小さくなり、そのうち聞えなくなった。

 

 『やられたのか?』

 『いえ、我が魔力が尽きました。百人隊長殿、申し訳ない』

 『いや……そんな事は無い……感謝する……気づかれてはいないんだな?』

 『はい。それは大丈夫だと思います』魔力を使い果たしたのか、辛そうに息を喘がせながら答えた。

 『ご苦労だった。烏は一度退避させて……ゆっくり休め』

 『は。承知いたしました』オークシャーマンは、少し虚空を睨んだのち、烏を退避させたのだろう。頭を下げて息を整え始めた。

 

 (……奴らは『深淵の森』を抜けて、一列縦隊で真っすぐ突っ込んでくる……どこに待ち受ける……『蜥蜴の這う谷』って、どんな地形だ?)

 

 すぐさま脳内にイメージが広がる。百人隊長の記憶だろう。それにしても便利だ。……鬱蒼とした森……そこを縫うように曲がりくねった涸れた川。白茶けた川床が道のようにうねっている。確かにここを歩けば楽だが……こちらの待ち伏せもしやすい……。

 

 (舐められたもんだ)英俊はそう思いながら、イメージを見続ける。

 

 やがて眼前に小高い山か丘が立ふさがった。正面は大きな谷になって、その山を貫いている。いわゆる『V字峡谷』というやつだ。ただ、描くV字は、そこまで急角度では無く、川の土手くらいを少し急にしたくらいな緩やかなモノだった。

 

 (こちらの手勢は千に足らない。森での待ち伏せだと止められない……それより……谷の角度は緩やか……そして谷の全長はかなり長い。五百メートル以上あるんじゃないか?……奴らは両側の高所を取られながら、谷底をトボトボ一列縦隊で通り抜けるのか?)

 

 舐めている。完全に舐められている。だが……

 

 (舐めプしてるんじゃねーぞ。深馬。現実世界でも、舐めプして痛い目にあった戦いなんて、古今東西どれだけだってあるんだぞ)英俊の脳内に閃くものがあった。

 (この涸れ谷に兵力を集中させよう。谷を抜かれれば、部族の本拠地は目前だ。一発で止めないといけない。だが……結局は一緒だろ?手勢は少ない。一回の勝負で勝利しないと……)

 

 英俊は真剣に作戦を練り始めた。

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