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対話 2



デファンが話し終えた時、オーク一族、討伐隊とも無言だった。デファンは話が一段落するたびに暫く口を閉じた。”百人隊長”が、他のオーク達に翻訳しているのを待っているようだった。

 クーンツら討伐隊は、デファンの話に驚いた表情を隠しきれなかった。そしてオーク達は、翻訳した言葉を聞いてから、時間差で驚きの表情を浮かべた。

 

 緊迫した状況のはずだが、ある意味それは滑稽ですらあった。だが、それに気が付いても、だれも笑ったりしなかっただろう。

 

 それほどまでにデファンの話は、興味深いものであったからだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 英俊もまた、デファンの話を聞いて驚きを隠しきれなかった。荒唐無稽な話と言ってしまえばそれまでだが、妙なリアリティと具体性を伴っていた。

 何よりも気になるのは、黒いマントを着た謎の女性だ。デファンの話によると、どうやら彼女は啓亜の魂を”魔法の容器”のようなものに封印してしまったようだ。

 

 そして、その魂を使って”しえのきんじゅ”という儀式を執り行うらしい。

 

 (”きんじゅ”…禁じられた呪いって意味の”禁呪”か。”しえ”ってどういう意味だ?どちらにしても何か酷く禍々しい感じの儀式だ。その黒衣の女性は何を企んでいるんだ?)

 

 『”死穢の禁呪”…”アイオンの像”…これは思いもかけぬ事になってきたようだ』

 頭の中に飛び込んできた”深い水底の魚”の声。そうだ。デファンは、オークのもとにある”アイオンの像”を使って、”死穢の禁呪”という儀式を執り行うと言っていた。

 

 (オークの抵抗が激しく”アイオンの像”を奪うのは諦めた…だが、啓亜の魂を使えば、その儀式は可能だとも言っていた)

 

 (…まだあるぞ…。その黒いローブを着た人間の女は『時間が無い』と言っておった。つまり、どうやら…その忌まわしい儀式が行われるのはそう遠く無いという事だ。そして、その儀式に必要なのは、人間のリーダーだったケーアの魂の他に、もう一人、女性の魂と、”写本の守護者”と呼ばれる人物の助けが必要なようだな)

 

 ”百人隊長”の声が響く。彼はデファンの話をしっかりと理解していたようだ。完結明瞭にまとめてくれた。

 

 英俊は討伐隊指揮官の表情を探る。彼も驚きを隠しきれていなかった。流石に大げさに驚いた表情はしていなかったが。クーンツの周りに控える従兵達も、不安そうな表情でお互いにチラチラと見合っている。顔色と眼で会話をしているようだ。少しの間を置いて、クーンツがデファンに向かって口を開いた。

 

 「デファンよ。いま一度確認させてくれ。今言った話は事実だな?」

 「はっ。分隊長殿。誓って真実です」

 「女神アイギナに誓えるか?」

 「もちろんです。嘘偽りは申してはおりません」

 

 その言葉を聞いて、クーンツは再び黙りこくると下を向いた。何かを考えているようだった。やがて顔を上げると、傍に控えている従兵の一人に何かを囁いた。従兵は頷くと円陣の奥に消えた。

 

 暫くすると武具の音を響かせながら、重装備の大男が従兵と共にこちらに駆け寄ってきた。大男はクーンツの傍で立ち止まると、こちらを厳しい視線で睨みつけて来た。

 最初に視線を送ったのは英俊ではなく、大柄な自分の体格よりも更に大きい”殺傷力”に対してだ。自分の体格に自信があったのだろう。だが、それを上回る体型の”殺傷力”に対して本能的な対抗心が燃え上がったらしい。

 

 その視線が滑るように英俊に向けられる。そしてこちらをオークのリーダーと判断するや、ギラギラとした凄まじい眼で見つめて来た。

 

 (なんて凶悪な眼で睨みつけてくるんだ)

 

 英俊は、思わず怯みそうになった。だが、啓亜との対決を経験した英俊は少しだけ成長していた。

 (ここで下を向いたら舐められる。俺はオーク一族のリーダーだ。負けてたまるかよ)

 そう心に決めると、顎を引くと負けじと大男の眼を見返した。向こうも負けてはいなかった。火花が散りそうなくらいの睨み合いになった。

 

 「シャルディニー…気持ちは分かるが、今は意地を見せるのは控えてくれぬか?そして”百人隊長”殿、彼の非礼を許してくれぬか?今はそのような事をしている時間はない。お分かりであろう?」

 

 クーンツが間に入ってとりなした。英俊も、その意見に対しては全く同意見だった。というか、向こうが睨んできたから、立場上睨み返しただけだ。別に”ガンの付け合い勝負”なんてする気はない。昭和のヤンキーじゃあるまいし。

 

 英俊は素直に自分から視線を外した。その大男もクーンツの言う事に渋々従って睨むのを止めた。

 

 「…非礼をお詫びしたい。状況が分かっていないゆえの過ちだ。分かっていただけるであろう?それで…この男は討伐隊重装歩兵隊隊長であるシャルディニーだ。討伐隊は大部分が撤退した。なので、指揮官で残っているのはシャルディニー隊長だけなのだ。私としては彼にここに居て欲しい。”百人隊長”殿、異論はあるまい?」

 

 「承知した。問題ない」

 

 英俊は即答した。重大な何かが起きそうなのだ。人間にもオークにとっても。だから指揮官という同じ立場の相談相手が欲しいのだろう。

 

 英俊とクーンツが話をしている最中、従兵がシャルディニーの耳元に口寄せて何か話している。デファンが話した内容を伝えているのだろう。背の高いシャルディニーは身を屈めるようにして、従兵の話を聞いている。

 彼はさっきとは打って変わって時々驚いた顔をし、こちらに視線を飛ばしてきたりした。クーンツより表情を隠すのが下手だった。というより、表情を隠す気も無いかのようにひどく驚いた顔すら見せた。

 

 従兵の話が終わるとシャルディニーはクーンツの顔を見た。何か話したそうだった。こちらを窺うような表情をする。二人は周りにいる従兵達の奥に隠れると、こちらに聞こえない囁くような声で会話を始めた。

 

 『向こうは、どうしようか作戦会議をしているようですな』”深い水底の魚”の声がした。彼は言葉を続ける。

 『我らはどうしたものか…どうも向こうの情報量の方が多いようです』

 

 『こちらはどういう対応をすれば良いのだ?向こうの出方次第でもあるが』

 『もしかすると、協力を求めてくるかもしれません』

 『協力?なぜ?』

 『私にも”死穢の禁呪”が如何なる儀式かは分かりません。ですが”百人隊長”、あなたにも、その名前の不吉さから忌まわしい何かというのは予想が付きましょう』

 『確かにそうだ。少なくとも皆が幸せになるよう儀式とは思えない』

 

 (確かに。そこは確実だった。デファンが話した黒衣の女性の雰囲気…”冷酷”とか”憎悪”だった。そんな彼女が執り行う儀式は、碌なモノではないのは確かだ)

 

 『そしてデファンは、強大な魔力が秘められた我らの神具の一つ、”アイオンの像”についての話をしました。人間どもで、あの像を知っている者は殆どおらぬはずです。それこそ魔術や呪術に深い知識を持つ者以外は。そしてそう言った者は人間では限られているはずです』

 『そうすると、黒衣の女性はやはり魔術師…』

 『そうですな。しかも高位の魔術師でしょう。我らの神具”アイオンの像”の事を知っており、なおかつ強い魔力の籠った神具を使う”死穢の禁呪”と呼ばれる儀式の実行を企てるなど、高い魔力を持った術者でないと不可能でありましょう』

 

 討伐隊の指揮官二人は、まだ何か言葉を交わしあっている。こちらと同じだ。両陣営の作戦タイムは続く。

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