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一時休戦 2

 その点、”追跡者隊”は、クーンツら通常部隊の支援を行うのが主任務だったため、強い親近感を覚えていた。

 一個大隊約七百名で構成され、それが四個中隊に分かれ、一個中隊は更に四個小隊、つまり全体で十六個の小隊で編成されていた。

 

 一個小隊は約四十名。今回のオーク討伐隊には、一個小隊が参加してくれていた。

 危険な戦場への事前偵察、進軍ルート確定のための嚮導任務。敵の戦力を測る為の威力偵察まで行ってくれた。本隊を護る為に、率先して危険な地へ赴いてくれる頼れる部隊だった。

 

 彼らは特殊部隊に分類されてるとは言え、変なエリート意識を持ってこちらを見下すようなこともせず、高いスペシャリスト意識を持ちながらも、親近感を持って接してくれた。

 危険な任務を一番に引き受け、こちらに目線を合わせて行動してくれる。通常戦力ではエリート部隊扱いの騎士団の方が、高慢なふるまいをする人間が目立つくらいだった。

 

 そんなこともあって、クーンツは追跡者隊とその隊員の事は嫌いではなかった。むしろ好ましく思っていた。

 

 (その追跡者隊の隊員が豚の捕虜になっている…許せない…)

 

 クーンツの心の中に改めて怒りの炎が沸き上がった。

 (全員戦死してでも、誇りをもって最後まで戦ってやる!)

 

 クーンツは相手の陣形を観察し、豚どもがどういった行動を起こすのか思考を巡らせ始めた。その間にも、捕らえられた隊員とその周りのオーク達は、こちらの円形陣に近づいてくる。

 

 「デファン…デファンか…」

 

 クーンツの横に立っていた、追跡者隊の生き残りの一人が呟いた。まだ少し距離がある。彼は目を凝らして捕まった仲間を観察していた。

 

 「よく分かるな。俺もデファンなら知っている。確か、隊列後方の警戒にあたっていたんだな?」

 クーンツは、観察を続ける隊員に声を掛ける。彼は前方を注視したまま答える。

 「ハッ。そうです。分隊長殿。すぐに戦いが始まってしまったので、彼がどうなったのか分からなかったのですが…生きていたんですね」

 捕虜に取られていても、戦友は生きていた。彼の表情は少し嬉しそうだった。

 

 「分隊長殿…彼を取り戻す為に行動を起こすのはお待ちください…剣を持つ手の力を緩めて下さい…どうも彼は捕虜に取られた訳では無いらしいです」

 

 怒りで剣を握りしめたクーンツの腕。それが彼の眼の端に写ったのだろう。この状況下での観察力と冷静さは流石だった。

 

 「早まったことをする気はないが…彼は捕虜になっているのではないのか?」

 クーンツは剣を握っていた力を少し緩めながら問うた。

 「デファンの挙げられた手をよく見て下さい。手のひらを。右手の親指は人差し指の方へ向けられて、左手の親指は小指の方へと伸びている」

 「確かにそう見えるが…追跡者隊の手信号か」

 「そうです。あの信号の意味は、『自分の命の危険は無い。相手は交渉と対話を望んでいる』です。警戒は必要かと思いますが、過剰な警戒は不要です」

 隊員は相変わらずデファンに視線を据えたままクーンツに説明した。

 

 オークとデファンの一団が、討伐隊円陣のそばまで接近した時、こちらの兵が一斉に武器を構える。武具の金属音が大きく響く。それに呼応して、オークも戦闘態勢に入るかと思ったが、オーク達は武器を降ろしたままだ。

 

 「どうやら、本当に対話を望んでいるらしいな。あいつら武器を構えようとしない」クーンツは呟いた。

 

 その時、前方自陣から、一人の重装歩兵がこちらに向かって走ってこようとした。だが重たい装備を身に付けている。走るのは辛そうだった。

 

 「伝令を配置してなかった…すみません!私が行きます!」

 

 従兵の一人がクーンツに謝罪すると、大急ぎで重装歩兵の元へ走り寄る。そして彼から何事か伝言を受け取り、こちらに戻ってきた。

 

 「クーンツ分隊長殿。オークどもが我々に話があるらしいです。降伏勧告といった類の物ではなく…もっと重要な話らしいです」

 「意外だな…今この状況で、降伏勧告以外の話など有り得そうにないのだが…」

 クーンツは首を傾げた。

 「彼らは、『討伐隊の生命は保証する。この地から引き揚げるのであれば、危害を加える気はない。だが、その前に話を聞いてほしい』と言っているようです」

 「それは…デファンが言っているのか?」

 「いえ、それが…オークのリーダーだそうです」

 「オークのリーダーが人間の言葉を?戦士なんだろう?オークの呪術師シャーマンなら、分からないではないが…そうじゃないんだな?」

 「ええ。信じがたい事ですが。それもかなり流暢に話しているみたいで…」

 

 (戦闘の事しか頭にないようなオークの戦士が人間の言葉を?なんなんだ?この最後の戦いから、何かおかしなことばかり起こっている。真面目な話、一体全体どうなっているんだ?)

 

 クーンツは混乱した。だが答えを出さないといけない。決断しないといけない。現在、自分が討伐隊隊長として部隊を率いている立場なのだ。

 

 (オークどもの『話』というのはなんだ?あいつらは今日一日で、今迄の粗野な豚どもとは違う、何かに変わってしまった。『話』とやらは、奴らの策略なのかもしれない…こちらを油断させるための…だがしかし)

 

 クーンツは更に思考した。それは男性が危機的状況を脱する際の、典型的な論理思考…『確率と可能性』だ。クーンツは討伐隊を、この窮地から脱するためには、どの選択肢が一番確率的に最適なのか必死で考えた。

 

 (話し合いを拒否した場合、そのまま戦闘に突入する可能性が高い…で、戦闘になった場合どうなる?こちらが負ける可能性が高い。こちらは負傷者が多い。まともに戦える人間も少ない。よしんば、こちらが全滅の危機で覚醒して、超人的な力を発揮してオークを退けても、やつらを全滅までは持っていくことは出来ないだろう…膠着状態まで持ち込んで、ヴィカーリの到着まで待つか?いや、いくら快速で名を知られたヴィカーリの軽騎兵でも、ここまで来るには半日は掛かるだろう。無理だ。持ちこたえられない。そもそも第七陸防師団に伝書鳩が辿り着く確証もない。やはり戦うのは愚策だ)

 

 クーンツは一息つく。

 

 (そうなると、奴らの『話』を聞くことになるのか。どういった話なんだ?オークどもを信用するしかないが…それが策略でない保証は無い。だがその言葉に偽りが無いのかもしれない。

 先刻奴らは、こちらの命と撤退の保証をしてきた。確かに奴らはこの戦いで、こちらの脱出を意図的に見逃した事実がある。騎士団の脱出と、その後の歩兵隊の撤退だ。そういえば第二歩兵総隊の敗走も、無理な追い討ちは仕掛けてなかったようだ。

 奴らの作戦行動の事実を踏まえて考えると、ある程度、その言動や行動を信じても良いのかもしれない…)

 

 (『降伏勧告ではない』その言葉を信じても良い…か。そして、デファンの存在だ。デファンは一般の兵とは違う、追跡者隊としての教育を受けている。実際にオークに囲まれていても、狼狽えることなく落ち着いている。手信号を出す余裕すらある。奴らの話を聞き、情勢次第で次の行動を考えたほうがリスクは少ないだろう…)

 

 クーンツの腹は決まった。いて最終決戦を挑めば助かる可能性は極端に低くなる。それならば、相手の話を聞いて出方を窺う方が、助かる可能性は飛躍的に高くなる。

 

 「分かった。奴らの所へ行こう。すまんシャルディニー、武器を下ろすように全体命令だ。ただ、不穏な空気があればすぐに行動できるよう、準備だけは怠らないでおいてくれ」

 

 「分かった。任せろ!」シャルディニーの力強い返答。

 

 クーンツのはらは決まった。

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