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一時休戦

 「ほかにも不シ議なコトがあった。おまえたちのリーダーと思われる騎士の遺体だが…だれも触ってイナイはずなのだが、そのむねに、おのがもっていた剣がつきたてられていたのだ。だんげんしてもよい。われらおーくで、そのようなことをするものはいない。おまえたちにんげんも、そのようなことをするとは思えない。では、いったいだれがしたのだ?」

 

 英俊は畳掛けた。実際、その点は疑問に思っていた。

 

 ”一体誰が、啓亜の胸に魔剣を突き立てたんだ?そして、一体なぜそんな事をしたのだ?”

 

 英俊はデファンの顔を再び観察する。相変わらず表情は変わらない…だが今度は、何かを思い巡らせるような色を、その瞳に浮かべた。

 

 「おーくと、おぬしらにんげんのたたかいは、われらのしょうりで終わろうとしている。それはおぬし程のものなら、もう察しているであろう?われらは、のこされた人間をころしたりきずつけるつもりはない。そのための話し合いをシヨウとしていた。そのときに強い魔法のかいほうダ。なにか引っかかるのだ。なにかしっているのだろう?おしえてはくれぬか?」

 

 デファンは、英俊の顔をまともに見返した。その眼には先ほどと違い、もっと感情の揺らぎが見て取れた。彼は表情を隠すのを止めたようだ。『言おうか言うまいか…』そんな逡巡の色だ。

 英俊はデファンの答えを待った。彼はいったん英俊から視線を外すと、ロザリアの瞳を覗き込みながら、丁寧に首筋や頬を撫でた。ロザリアは嬉しそうに尻尾を振る。

 

 「討伐隊の数がかなり減っているようだな…だが戦死体がそこまでの数ではない。撤退したのか?」デファンはやっと口を開いた。

 「そうだ。さいしょに後ろ半分のほへいたいが敗走し、それを機に、こちらが包囲し、たたかいののち、とうばつたいの騎馬が包囲網を破って脱出した。その後、のこりの歩兵隊が撤退した」

 「包囲に成功したのに…あんたらは何もしなかった?見逃したのか?」

 「ああそうだ。いったであろう?われらは勝てばよいのだ。おぬしらをみなごろしにするきなどはない」

 

 デファンは苦笑いを浮かべた。彼が現世に戻り、落ち着いてから初めて見せる表情だった。

 

 「こちらの前衛は、重装歩兵だぞ?討伐隊自慢の精鋭だ…あんたらは彼らを打ち倒したというのか…」

 「そうだ」

 「信じられんな…。で、残っているのは身重な重装歩兵隊の生き残りってところか…」

 「よくわかるな」

 

 英俊はデファンの戦況分析に内心驚いた。やはり一般の兵とは違う。

 

 「分かった。”百人隊長”…あんたの予想通り、俺は”死の地”で不思議な体験をした。それは、この戦いに関係あるのかもしれない。だから俺の体験を話すことにするが…あんたらオークだけでなく、俺たち討伐隊…いや、人間側にも関係する事象の様な気がしてならない。討伐隊の生き残りに会わせてくれ。そこであんたらも同席してくれ。そこで話をする」

 

 『彼は、討伐隊の指揮官たち同席のもとでなら、『死の地』で体験した事を話すといっている』

 

 英俊は彼の条件を受け入れてよいのか分からず、”百人隊長”と”深い水底の魚”に助けを求めた。

 

 『わたしは問題ないと思うが?』即座に”深い水底の魚”の声が響く。

 『…大丈夫であろう…今はこのデファンという兵がいる。さっきとは状況が変わったのだ。うまく話が出来れば人間どもの生き残りも、我らが近づいたからと言って抵抗する程、愚かではあるまい』

 ”百人隊長”も肯定する。先ほどまでは、討伐隊が最後の抵抗を試みる事を危惧していたが、デファンという要素でその危険性が減ったと判断したらしかった。

 

 「よし。でふぁんよ。おぬしの提案をうけいれよう。さっそく前方のとうばつたいのいきのこりのトコロへいってはくれぬか?われらには時間がない。たてるか?」

 「ああ。なんとか」そう言いながらデファンは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「おい。クーンツ。奴らに動きがあるぞ!」シャルディニーが鋭く囁く。クーンツもオークが形成する包囲網の奥で、オーク達の騒めきに気が付いていた。

 

 (いよいよ攻撃か?それとも『降伏勧告』ってやつか?)

 

 クーンツは、オーク数人が包囲網へと近づいてくるのをじっと観察した。その時、オークに連れられて歩く一人の兵士が眼に飛び込んできた。

 

 (あ!あれは討伐隊の兵士か?あの豚ども…卑怯にも捕虜を取りやがったのか?)クーンツの頭に血が上った。汚い奴らめ。剣を握る手に力が入る。

 

 「クーンツ見えてるな。あの革鎧…追跡者隊だな」シャルディニーの声もまた怒りで震えていた。

 数人のオークに囲まれながら、こちらにゆっくりと歩を進める討伐隊の兵士。間違いなく追跡者隊の隊員だ。専用の革鎧を身に付けているが、よく見ると腰に付けている筈のダガーは鞘だけで、専用武器であるクロスボウも持っていない。彼は胸のあたりまで両手を挙げていた。その両の手のひらは拡げられている。

 

 (武装解除させられたのか。やはり捕虜になったんだな?オークども、捕虜を使って交渉の材料にしようとしているのか。知恵の廻る豚どもが)

 

 王国には”特殊部隊”と位置付けられている部隊は三個ある。一つは虎の子と呼ばれる、剣士でもありながら魔法をも操る”王国魔法兵団”。そして他国への潜入を得意とし、扇動や暗殺を行う王国近衛師団独立中隊。彼らの通称は”白狐しろぎつね部隊”。そして偵察、嚮導、情報収集が得意な”追跡者隊”。

 

 ”王国魔法兵団”は、王国の精鋭、奥の手として常に温存されていた。国家間のセオリー通り、ハーシュ王国も隣国とは仲が悪く、過去に何度も戦争を行っていたが、”王国魔法兵団”は一度も戦いに参加しなかった。

 

 通常主力である騎士や騎兵、歩兵達からは、余りにも戦闘に参加しない彼らを『出し惜しみ部隊』と揶揄する向きもあった。

 だが大規模訓練や摸擬戦では、魔術師から構成される”魔術戦団”と連携して比類なき力を発揮して、その強さを誇示するところから、実戦には参加した事はないが、軍首脳が出し惜しみするくらいの精鋭部隊なのは事実だった。

 

 もう一つの王国近衛師団独立中隊は、その趣味的な”白狐部隊”という通称だけが有名で実態は不明だった。彼らの活動が余りにも秘匿されていて、通常部隊の主力である騎士団分隊長を務めるクーンツですら、彼らが一体何をやっているのかよく分からなかった。

 

 だが、隣国の要人謀殺や、紛争時に高名な敵指揮官の暗殺成功が報じられるたびに、彼らの仕業だという噂が流れた。彼らは”王国魔法兵団”とは違って、実際に積極的に活動を行っているのは間違いないようだった。

 しかし、その結果が噂でしか流れてこないうえに、その部隊員の氏名はおろか、顔すら分からず、結局は『よく分からない部隊』ではあった。それ故に、謎に包まれた雰囲気が不気味な印象を与えていた。

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