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蘇生と秘密

 暫くすると、その兵士の身体が微かに震え始め、そしてやがて閉じていた眼が薄く開いた。最初は淀んで濁っていた瞳も暫くすると生気を取り戻し始め、意識を取り戻しつつあるようだった。

 

 微かだが、未だに降り続いている小雨。その雨粒を顔面に受けて彼ははっきりと現世に戻って来た。そして、視線を辺りに巡らし…自分の周りを囲むように立っている英俊達オークをぼんやり見つめた。

 

 突然、彼の眼が驚愕のために大きく見開いた。慌てて立ち上がろうとするが現世に戻ったばかりで力が入らないのか、上体を起こすので精一杯だった。

 

 英俊達を導いていた犬が兵士の傍に近寄ると尻尾を振り、嬉しそうに身体を擦り付ける。

 

 「おお…ロザリア…」

 

 兵士は犬の首に腕を廻しながらも、恐怖と緊張の眼差しでこちらを凝視していた。

 

 「にんげん の へいし よ」

 

 ”深い水底の魚”が口を開く。下顎が突き出し牙の生えた口だ。かなり話しにくそうだが、彼は、たどたどしくも人間の言語を話しているらしかった。

 

 「…?!」

 

 兵士の顔が更に驚きで歪む。亜人間であるオークが、つたないながらも人間の言葉を発した。彼にとっては余りにも予想外だったんだろう。

 

 「おまえ を ししゃ の ち から もどしたのは われ だ。ききたい こと が ある の だ」

 

 ”深い水底の魚”はゆっくりと話す。頑張ってはいるが酷く聞き取りにくい。兵士は抵抗するのは無駄な事だと分かっているらしく、手にしているクロスボウを構えることなく、”深い水底の魚”を見つめながら言葉を聞き取ろうと努力している感じだった。

 

 そんな状況の時、”百人隊長”の声が心に響いた。

 

 『おぬしは、まだ人間の言葉を聞き取り、話す事は出来るのだな?』

 『うん、大丈夫だと思う』

 『…では、”深い水底の魚”と代わってはくれぬか?おぬしなら、もっと簡単に意思疎通が出来そうだからな。我々には時間が無いのだ』

 

 そうだ。王国の討伐隊をほったらかしにしている状態だ。この兵士から情報を得るのは必要だが、だからと言って討伐隊を放っておくわけにはいかない。

 

 『分かった。出来ると思う』英俊が了解した、すぐさま”百人隊長”が、”深い水底の魚”に声を掛ける。

 

 『”深い水底の魚”よ…ちょっと良いか?今まで黙っていたのだが、我は神の加護により魔剣の呪いを克服した時、”蛇と獅子”の神より、人間の言葉を聞き、話せる力を与えられたのだ。…そして、どうやらおぬしよりも、上手くそれが出来そうなのだ…おぬしの偉大なる力は分かっておる…だが、時間が無いのだ。代わってはくれぬか?』

 

 ”百人隊長”は適当な作り話を口にした。ただ、”深い水底の魚”には、十分気を配った上での丁寧な態度を崩さなかった。

 彼は、こちらをじっと見たが、気分を害した風もなく、納得した顔でゆっくりと頷いた。

 

 『分かった。その方が良いだろう。では”百人隊長”。この人間の兵士に質問したい内容はこうだ…』

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「にんゲんの兵よ。ヲソれなくてもヨい」

 

 英俊は兵士に語り掛ける。とにかく話しにくい。なんという口の構造だ。それでも、もともと人間の言葉を自由に操れる英俊だ。”深い水底の魚”の時よりも、数倍速く会話は進みそうだった。

 

 「おぬしを、死の地から呼び戻シたのは、このジュジュツシだ。そして、われらをおぬしのトコロまデ導いたのは、そこにいるオヌしの相棒である犬ダ」

 

 「ロザリア…」兵士は犬の首を優しく撫でる。

 

 「そのイヌの名は、ろざりあというのか。では…おぬしの名をオシエテはくれぬか?しんぱいするな。オヌシをキズつけるつもりはナイ。死の地カラつれもどしたのだからな。わかるであろう?」

 

 「……確かにそうだな。…俺は王国オーク討伐隊に所属する、第4追跡者中隊第1小隊隊員のデファンだ。…こっちは名を名乗った。あんたの名は?」

 

 兵士は、こちらを見てゆっくりと唾を飲み込むと自分の名前を告げ、そして問い返してきた。

 

 「われは、この地のオークいちぞくをひきいている、”しゃくにんたいちょう”だ」

 「しゃくにんたいちょう?」

 「ひゃくにんたいちょう」

 

 ああ。なんて喋りにくいんだ!!

 

 「あぁ、”百人隊長”か。役職や階級じゃなくて名前なんだよな。オークの名前の付け方は知っている」

 「そのとおりだ。ヨク知っているナ。そして、でふぁん。さきほど、この地で、まじゅつのちからがカイホウされた。だが、ナンの痕跡モみつからぬ。そんなとき、ろざりあがワレらヲここまで連れて来タ。…タダノ偶然とは思えぬモノをカンジてな。…何か知らぬか?」

 

 そう言いながら、英俊はデファンの顔をじっと観察する。追跡者隊というのは、王国軍の偵察、嚮導きょうどうを主任務とする、特殊部隊に位置づけられる部隊らしい。所属や氏名は兎も角、こちらが欲しがるような重要な情報は、簡単には口にしないだろう。

 

 デファンは早くも落ち着きを取り戻していた。そして、顔から見事に表情を消していた。だが”魔術の力の解放”という言葉を耳にした時、ほんの僅かだがまぶたが震えた様な気がした。

 

 『彼は何か知っておるな…』

 

 ”百人隊長”の声が、心の中で小さく響く。彼も英俊と同じ事を感じ取ったようだ。

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