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生と死の狭間で 3

 (彼女は何に対してそこまで憎悪を抱いているんだ?そして…”死穢の禁呪”とは何のことだ…?…それより、あの女…どこかで見たことあるぞ?)

 

 デファンの頭脳は一瞬激しく回転した。だが、彼女がその大きな瞳でこちらを射抜くように見つめて来た時、デファンは硬直したようになった。動き始めた思考も、彼女の視線の力によって急制動させられた。

 

 デファンの視界内には、彼女の全身像が収まっていた。黒いフードの付いたローブ。左手には…何か小さな容器のような物を持っていた。彼女はケーア様の”魂”を、その容器に吸い取ったらしい。

 

 デファンは、フード付きローブを着た人物と連続で対峙することになった。一人目は骸骨、二人目は美人ながら冷たい憎悪を撒き散らす穏やかならぬ女性。

 

 (俺はもう”死んでいる”んだよな。だから殺される心配は無い訳だ…。だがしかし、今にも殺されかねない雰囲気だな…もしかして俺も、あの女の左手に持ってる容器に吸い込まれるのか…?)

 

 

 

 

 『お前の魂など、何の役にも立たぬ…思い上がるな。…だが、まさかこの地で残っている者がいたとはな…私の言葉を聞いたな?…まぁ、戻れる訳でもあるまいから、聞かれたところで関係ないが…』

 

 デファンの耳に再び女の声。彼女はデファンの心の声を読み取って来た。デファンは驚きながらも、一般の兵とは違い、追跡者隊に所属し厳しい訓練を受けていたため、なんとか冷静さを取り戻すと彼女に問い掛けた。

 もちろん彼女が答えてくれる保証はない。だからデファンは、彼女が興味を持ちそうな話題をいきなりぶつけることにした。

 

 『俺は死神と話をした。奴は言った。”死んだほうがマシなのに”と』

 

 デファンは、そう言いながらもその後に続いた、”お前は二度死ぬ”の言葉は言わない方がいいような気がして、口を閉じ、そして彼女に心を読み取られないように願いながら、その言葉を頭から追い払おうと心の中を虚無にした。

 

 こちらが隠し事しているのは見抜いているようだった。探るような瞳。無機質だった顔に初めて表情を浮かべた。こちらをからかうような薄い笑いだった。

 

 『人間風情が死神に声を掛けられるとは…どういう気まぐれなのか』そこで彼女はいったん言葉を切り、デファンの瞳を覗き込むような視線を送ると、薄く笑いながら再び話し始めた。

 

 『だが…。ふん、そうか…”お前は二度死ぬ”か…。面白い。お前は再び戻る運命なのか。生者の地に。一介の兵にすぎぬお前が…。我は死神とは違う。肉体と魂を切り離すことは出来ぬ。

 だから、我の話を聞いてしまったお前をここで何とかすることは出来ないが…そうか、だからこそ戻るのか。どうやって戻るのかは分からぬが…。どちらにせよ、次に生者の地で相まみえた時は、お前は死ぬのだから…いや、すでに死んでいるのかもしれないな』

 

 彼女は淡々と言葉を紡いだ。デファンが隠そうとした”お前は二度死ぬ”という言葉も、デファンの努力むなしくあっさりと読み取っていた。だが、この場所でデファンをどうこうする気は無いし、する事も出来ないらしい。

 

 『まぁ良い。戦いは佳境だ。お前は再び戦いの地に戻るようだから、その結果については自分の眼で見て確かめると良い。私は一足先に生者の地に戻るとする。…さて、お前とは因縁浅からぬ関係となり、再び相まみえるのか。それとも今日が最初で最後なのか…こればかりは私の魔力でも分からぬ。ただ、もし次に逢う事があれば、お前は恐らく私と再び逢ったことを後悔するだろうが』

 

 そこまで話し終えると、彼女の身体全体が青白く光り輝き始めた。かなり強い光だ。デファンは余りの眩しさに思わず目を閉じた。半透明の幽体となったデファン。瞼を閉じたところで光を遮る効果は殆ど無かった。

 

 彼女から猛烈な光が照射されている。しかもその光はどこか邪悪な気配がした。その邪悪な光の影響か、デファンは段々と意識が遠のき始めた。

 どれだけしっかりと目をつぶっても、視界内は眼を開けているのも同然と言った状態だった。

 

 真っ白な光の世界に自分の身体が投げ出された気がした。そしてデファンは自分の意識が徐々に薄れていくのを感じた。

 必死で抗おうとしたが、それはどうやっても無理な話だった。

 

 

 遂にデファンは意識を失った。

 真っ白な光の世界に身を委ねたまま。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 『この兵士が、この犬を使役していた者だったらしい』

 ”深い水底の魚”は、遺体を見下ろしながら呟いた。

 

 悲し気に鼻声で鳴いていた犬。”百人隊長”、”深い水底の魚”など、オークの主要な者達が近づくのを見るや、その犬は、どこかに案内するかのように小走りで進み始めた。時々、こちらをチラチラ振り向いているかを確認しながら。

 

 その犬が立ち止まったのは大きな岩の傍だった。犬はこちらを振り向いて、英俊たちに何かを訴えるかのような瞳を向ける。

 その犬の足元には、額に”土竜の眼”が放った矢が突き刺さったままの兵士の遺体が仰向けに倒れていた。

 

 英俊が眼にした多くの兵士と違い、手入れされた革鎧を身に付け、手にはクロスボウが未だに握られていた。

 そして傍に付き従う犬。彼は”深い水底の魚”が言っていた”追跡者隊”と呼ばれる偵察任務にあたる兵らしかった。

 

  英俊も仰向けに倒れたその遺体を見つめた。この戦いが始まってから、前の世界では見たことも無いような、大勢の戦死体や身体を大きく損傷した怪我人を視界に入れていた。

 

 余りにも強烈な情景だったが、英俊は僅かな時間でそれに慣れてしまっていた。もしかしたら、戦争を何度も経験している”百人隊長”の心と同居しているため、彼の心が何らかの抑制作用として働いて、取り乱さずに済んだのかもしれないが。

 

 どちらにせよ、この兵士の遺体を見た時も特に心を激しく揺さぶられるといった感情は浮かばなかった。

 

 ただの戦死した亡骸。

 

 英俊が抱いた感情は、それ以上でもそれ以下でもなかった。そして、自分の心がそこまで乾いてしまっている事にも気が付かなかった。

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