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生と死の狭間で 1

 死の犬を引き連れた死神がこちらにゆっくりと近づいてくる。犬どもは姿勢を低くし、唸りながら幽体えものを探す。

 ほんの僅かの後、二頭の死の犬とデファンの視線がしっかりと絡み合ってしまった。

 

 (…しまった…)

 

 しまったも何も、自分の運命は決定しているのだ。それでも、早々に自分の幽体がこの地から刈り取られたくないという、本能的な想いがあった。

 

 二頭の死の犬は、矢のような速さでこちらに向かってくる。犬がこちらに飛び掛かろうと跳躍した。デファンは思わず眼を閉じた。

 

 何かの衝突音

 

 

 けたたましい犬の鳴き声…直後に喉を鳴らす唸り声

 

 

 (なんだ…?何があった…?)

 

 デファンは恐る恐る目を開けた。自分の身体は未だ直立不動のまま。死の犬に押し倒されていない。じゃあ…俺を襲おうとした死の犬は…?

 

 (…ロザリア…!! お前…!!)

 

 自分の相棒である、猟犬のロザリアが牙を剥き出しにして、死の犬に覆いかぶさり、その鋭い牙を喉に突き立てていた。

 

 もう一頭の死の犬は、それを見るやデファンの眼の前で急速に方向転換して、ロザリアに襲い掛かる。ロザリアは直前でその攻撃を躱すと、低い姿勢から喉笛に咬みつこうとチャンスを窺う。

 

 (ロザリア…お前…お前も死んでしまったのか?)

 

 この地に居るという事は、死んでしまったと考えるのが普通だ。死してなお、主人を護ろうとしてくれているのか…?

 

 (いや、なんか違う…ロザリアの脚には、例の紐のようなものは付いていないし…足元にロザリアの肉体もない…そもそも幽体だったら、俺みたいに青白い色をしているはずなのに…ロザリアは…”普通に”ロザリアのままだ)

 

 そう。ロザリアは幽体ではなかった。どういう理屈かは分からない。ロザリアは現実の肉体のまま、この霊界の入り口、というべき場所に存在し、そして主人を守ろうと奮闘している。

 

 ロザリアは二頭目の死の犬を倒した。しかし、死の犬は何頭もいる。異変に気が付いた犬どもは、次々とこちらに向かってくる。それに対して必死で攻撃を仕掛けるが…遂には押し倒され、死の犬どもに馬乗りの体勢を取られてしまった。漆黒の毛並みをした死の犬の口が大きく開かれる。

 

 真っ黒な肢体とは全く逆の…鮮やかな深紅の口腔と垂れ下がった舌…そして真っ白なギザギザな歯列が見えた。その凶暴なおとがいを見た瞬間、デファンは声なき声を叫んだ。

 

 (やめろっ!やめてくれっ!ロザリアに手を出すなっ!)

 

 …

 

 …

 

 (…えっ!? …何があった???!!)

 

 

 


 奇跡が起こった。死の犬どもが動きを止めているのだ。デファンには何が起こったのか分からなかった。二頭の死の犬が、激しく波打つロザリアの胸を前足で抑えつけている。だが、その喉元に喰らい付こうとしていた顎は、ロザリアから、別の方向を向いていた。

 

 嫌な予感を抱きつつ、デファンは思わず死の犬の視線の先を追った。予感通り、そこには近づきつつある死神の姿があった。

 彼?彼女?は、フード付きの真っ黒なローブを身に付け、故に顔はよく見えなかった。だがデファンは知っていた。見なくても分かっていた。フードの陰になっているその素顔がどのようなものなのかを。

 

 死神が近づき…ロザリアを無視するかのように傍を通り抜け…デファンの間近に迫る。何か妙に生臭く不快な匂いがした。死神から発せられる死の匂いだ。

 

 俯き加減の死神はデファンのすれすれ近くまで近寄ると、それまでうつむき加減だった顔を上げて、デファンの方を真っ直ぐに見つめた。

 

 眼球の無い真っ黒な眼窩。白くひび割れた額。剥き出しになった歯列…。そう。デファンが生前に教会で習った通り…彼は…死神は…骸骨そのものだった。

 

 何も無い虚空のようにくり抜かれた真っ黒な眼窩。それでもデファンは、死神に心の底まで見通されているような感覚を覚えた。眼球がない筈なのに。

 

 こちらを凝視する死神。デファンには永遠の時が流れた気がした。余りの恐怖に気絶しそうになった時だった。死神の口がゆっくり開き始めた。

 下顎が乾いた音を立てて上下する。デファンは最初理解出来なかった。そしてようやく気が付いた。

 

 (死神が…笑っている?)

 

 さらに奇妙な事が起こった。無表情な…いや、そもそも表情を作ることが不可能なはずの髑髏しゃれこうべの目元が嗤っているように見え始めたのだ。

 

 (そんな馬鹿な…!骸骨が表情を作るんなんて!)

 

 デファンは驚愕した。見間違いではない。今や死神は顎を上げ、顔をのけぞらして嗤っている。ローブの胸元がはだけ、剥き出しの頸椎が見えた。それはまるで巨大なムカデの如きおぞましさだった。

 

 何が可笑しいのか、死神はひとしきり笑った。そして不意に笑うのを止めると、今度は大鎌を持っていない左手をデファンに向けると、人差し指を突き出した。

 

 『…シんダ…ホウが…まシ…なノニ…』

 

 下顎がカタカタ動き、聞き取りにくいがハッキリとしゃべった。死神に語り掛けられた!

 

 『オまエハ…ニド…しヌ…』

 

 (『しんだほうがましなのに』…?か?『死んだ方がマシなのに』と言ったのか?どう言う意味だ?…そして…なんだ?『おまえはにどしぬ…』か?『お前は二度死ぬ』って言ったな。確かにそう言った…俺に向かって言ったんだよな?俺は…俺は少なくとも肉体の死は迎えたはずだよな?)

 

 デファンは混乱した。そんなデファンを無視するかのように、死神はくるりと振り返るとデファンに背を向け周りを見渡す。

 

 すでに周囲は薄暗い荒地だった。幽体は死の犬達に刈り取られ、地面に倒れ伏している。

 死神は、再び大鎌を手に幽体を馬車に載せ始めた。その動きは余りにも唐突で、不意にクーンツには一切の興味を失ったかのような動きだった。

 

 ロザリアを抑えつけていた死の犬も、ロザリアの身体を解放して死神の後を追う。ロザリアは荒い息を吐いたまま横たわったままだ。

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