脱出 3
「よし。ユーハーソンとユメカ殿は脱出に成功したぞ!」
重装歩兵隊と歩兵総隊が集中攻撃を仕掛けて、オークの包囲網に穿った脱出口。穴が開いた瞬間に、計画通り騎馬群がそこに突入し、穴を防ごうとしたオークを蹴散らし、強行突破に成功した。
全力で駆け抜ける騎馬群を、脱出口付近のオーク達は追撃しない。武器を構えながらも手を出さずにじっと見送るだけだ。
気が付くと、こちらを包囲しているオーク達も同じだった。さっきまでは血気盛んにこちらの防御陣を突破しようと武器を振りかざしていたのに、今は少し後ろに下がって、手を出さずにこちらを警戒しているだけだ。
(どうした?第二総隊敗走の時のように、こちらを見逃すつもりか?)
もしそうなら、次は歩兵隊を逃がすチャンスだ。オーク達の無尽蔵のスタミナも尽き始めているのか、それとも撤退の態度を見せる人間達に、敢えて戦闘は仕掛けずに戦力を温存するつもりなのか。
(何かの罠ってことは無いな…豚どもも全ての戦力を出し切っているはず。流石にこれ以上、何かを企むという余裕は無いはずだ)
クーンツは脳みそをフル回転させながら周りを見渡す。その時、ウデラと目が合った。彼も必死でオーク達の出方を予想しているようだ。
「ウデラ…この状態をどう考える?歩兵隊を逃がすチャンスなのか?」
「そうだな…討伐隊が撤退するなら、それを見逃すって感じだが…どうなんだ?急に戦闘中止してきたからな…薄気味悪いな。罠なのか?」ウデラもクーンツと同じことを考えていたらしい。
クーンツは考えた。豚どもがいつ、いきなり攻撃再開するかも分からない。僅かな余裕しかないはずだ。
(…決断だ…クーンツ。ここは落ち着きながらも…即決しないといけない)クーンツは心の中で自分に言い聞かせた。そして、心を決めるとウデラに命令を下した。
「ウデラ!豚どもは、こちらを見逃す筈だ!騎馬が駆け抜けた同じルートを使って谷を抜けろ。歩兵総隊長であるお前が率いてくれ。無駄な犠牲や遊兵を出したくないんだ。頼んだぞ!」
「お前はどうするんだ!クーンツ!」
「重装歩兵隊を置いては行けない!ここに残る!」
先ほどまでの激しい戦闘で、重装歩兵隊は多大な損害を出していた。多くの負傷者が存在する。彼らを見殺しには出来ない。いや、クーンツが見捨てるように命令しても、シャルディニーが首を縦にしないだろう。
そして重装歩兵は重たい甲冑を着ているため、己自身の身体を移動するので精一杯だ。
負傷者を搬送するためには、少なくとも負傷者の鎧を脱がさないといけない。重傷者を背負うとなると、重たい盾と短槍を捨てなくてはならないかもしれない。敵であるオークが包囲する環視の中で。
それはつまり、降伏して武装解除受けるのと同義だ。そうなれば撤退どころか、豚どもの捕虜になるかも知れない。
(豚どもの捕虜…考えただけでもゾッとする…そんなことはまっぴらごめんだ。歩兵隊を撤退させたら、とにかく俺はシャルディニーと重装歩兵隊と共に残る。少なくとも降伏なんぞしない!)
「何を言っても言う事聞かねー感じだな。分かった。この俺…第一歩兵総隊隊長のウデラが、討伐隊残存の歩兵を、責任をもって王国本部まで連れ帰る。一人の落後者も出さねぇ。安心しろ」
「ウデラ…すまない…助かる」
「よし…各分隊長…軽傷者、歩ける負傷者に手を貸してやるよう、歩兵達に伝えろ。脱出口は開いたままだ。撤退するぞ」
「了解しました」ウデラの命令を受けた生き残りの分隊長達が、自分の班長に命令を伝える。班長達はその命令に頷き、自身の部下達の点呼を執り、歩兵達は歩ける負傷者の荷物を持ち、肩を貸してやっていた。
「どうやら、俺達の撤退を見逃してくれるらしいな…脱出口も防ごうとしない…豚どもを信用するのは怖いが、今は信用するしかない」ウデラは独り言を呟いた。
「クーンツ…じゃあ行くぞ。その…この後どうなるか分からんが…武運を祈る。無茶だけはするなよ。シャルディニー…お前もだ。部下の仇を取ろうとか、自分の命を簡単に捨てる真似はやめとけよ」準備が完了したウデラは、何とも言えない表情で、クーンツとシャルディニーの顔を見つめながら別れの言葉を発した。
「大丈夫だ。無理はしない。何とか切り抜けて城に帰る。だから心配するな」クーンツは答える。
「ウデラ…でかい図体して、なんちゅう顔してるんだ。すぐに戻る。だからさっさと行け!」シャルディニーはいつもと同じ口調だ。
武器を構えた歩兵総隊の一群が、脱出口に向かって進む。オークはそれをじっと睨みつけながらも、少し距離を取りこちらを見つめるだけだ。攻撃してくる素振りは見せない。
ウデラを先頭に、歩兵が次々と包囲網から抜けていく。負傷者に肩を貸す者、オークと目を合わさないように下を向いて歩く者…。今朝、大勝利を確信して進軍していたのが嘘のような状況だった。
勝利の凱旋の筈が、無残な敗走となってしまった。
ぞろぞろと一列に歩く歩兵総隊の面々…皆が、口を閉ざしていた。オークを刺激しないようにという警戒心もあったが、『オークに敗北した』という敗戦のショックもあった。
そして、何よりも兵士達は疲れていた。本当に疲れていた。口を開く元気をすら喪失していた。