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脱出路

 ”…”百人隊長”が言ったであろう?…今はそれを考えるではない。この戦いに勝利した後に、ゆっくり考えればよい…いまこの状態で、我が何か言ったところで得心することはないだろうしな。自分自身で考え、消化しないと納得出来ないのであろう?そして、それには長い時間が掛かる”

 

 ”…そうだ…その通りだと思う…くそっ…今はこの気持ちを飲み込むしかないのか…?”

 ”その通りだ。おのが気力を振り絞って、もう一度立ち上がってくれまいか? 解呪も、もう終わった…”

 

 (あ…)

 

 神の言ったとおりだった。身体が軽い。さっきまでの苦痛と不快感は嘘のように消えている。啓亜に受けた脇腹の傷をそっと見る…斬られた部分は既に治っていた。ただ、塞がった傷口は刀傷に沿っていびつに盛り上がり、まるで蛇がのたくったような醜さだった。

 

 ”呪いを解き、怪我も治しておいた…上出来とは言えないが…時間がなかったからな”

 

 ”いつの間に…。俺と話をしながら、呪いを解いて怪我も治したのか”

 ”言ったであろう。我は『神』であるぞ?”

 

 またもや『獅子と蛇』は、少し楽しそうな笑いを含んだ声を発した。英俊の気持ちをほぐす為なのか、意外と茶目っ気のある性格なのか。

 

 ”でも、まぁ威張り散らしているよりは遥かにマシか…”

 

 そう思いながら、立ち膝の姿勢から力を込めた。

 

 

 自分の意志で立ち上がるために。

 

 

 

 ”頼むぞ。人間の少年、英俊よ。我は見守っている”

 ”分かった…やってみる…”

 

 英俊はしっかりと立ち上がった。両手剣を握り直す。身体は嘘のように軽い。力が漲っている。両腕に装着された籠手をそっと見る。

 

 それは、もう光り輝いていなかった。…だが、『獅子と蛇』の線画だけは残り火のように、ほんのかすかに赤く明滅していた。まるで英俊を激励しているかのようだった。

 

 

 ”…すまぬ…立ち上がってくれたことに感謝する…”

 ”百人隊長”の声がする。

 ”大丈夫か?気分は?”

 ”だいぶ楽になった…身体の苦痛が無くなったのでな…だが、魔剣の呪いはオークの精神まで侵してくる…もう少し時間が掛かる”

 ”分かった。その間は俺が剣を握る”

 ”すまない”

 

 ”百人隊長”は言葉を切り、ちょっとの間を置いて尋ねてきた。

 

 ”長い事、黙考していたようだが…自分なりの決着は付きそうか?”

 

 やはり、先刻の英俊と神の会話は聞こえてなかったようだ。英俊は、一呼吸置いて答えた。

 

 ”いや、決着がつくかは分からない…でも、”百人隊長”が言ったように、この事は後から考えるよ。そういう意味での心の整理は付いた”

 ”そうか…分かった” ”百人隊長”は短く答えた。

 

 (よく考えたら…憎んでいた啓亜は居なくなった…それなのに、まだ戦うのか…自分と同じ種族である人間と…でも、この世界に飛ばされて…きっかけは啓亜の事であっても、俺はオークの側について戦うことを決めた。自分で作戦を作り、皆、それに従ってくれている。今更投げ出す事は出来ない)

 

 英俊はゆっくりと深呼吸をする。”虎の足”と護衛してくれていた部下のオーク達が、英俊が立ち上がったことに気が付いて、こちらをじっと見ている。その眼は、こちらに全幅の信頼を寄せた表情をしていた。

 

 (そうだ…”虎の足”、”鉄板腹”…”殺傷力”や、他のオークも、皆良いやつだ…あくまでも”百人隊長”を通じてって話だけど…それでも前の世界の、高校生活の孤独感とは比較にならない…そして一族のリーダー…そう指導者の立場である”百人隊長”でさえ、俺の事を頼っているし…親身にしてくれた)

 

 英俊は、”虎の足”の眼を見つめて頷いた。”虎の足”は眼に信頼の色を浮かべたまま頷き返す。

 

 ”よし。行くぞ。”鉄板腹”の援護だ。このまま後方から攻撃して、奴らを

殲滅する。我らが聖地から追い出してやろう!”


 英俊は決意を込めて両手剣を天に突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「オークの強襲で、重装歩兵隊の右翼が崩壊!」

 「後方の防御線が各所で破られています!」

 

 従兵達の叫び声がクーンツの耳にも届いた。今、クーンツは自身の分隊を指揮して、左翼からこちらを攻撃を仕掛けてくるオークに対応するので精一杯だった。

 

 それでも従兵から発せられる悪夢のような報告は、嫌でもクーンツの耳に突き刺さった。

 

 (現在、左翼からの攻撃は何とか防げているが…各所が破られたら意味がない)…クーンツは、ちらりと重装歩兵隊の方に眼をやった。

 オークからの執念とも言える、正面からと右翼の二方向からの執拗な攻撃を受けて隊列は乱された挙句、重装歩兵隊の懐に飛び込む事に成功したオーク達は、そのスピードを使って、重たい鎧を身に付けたが故に動きの鈍い重装歩兵を機動力で引きずり回していた。

 

 (重装歩兵隊は、隊全体で一つの大きな攻撃力…各個でバラバラになると、防御力の為に捨てた機動力がここまで弱点として浮かび上がるのか…)

 

 助けに行きたいが、こちらも自分の持ち場を守るので精一杯だった。クーンツは歯噛みしたい気持ちで心の底から祈った。

 

 (頼むぞ…シャルディニー…そして重装歩兵隊。前線が突破されたら、俺達はおしまいだ…)

 

 「クーンツ分隊長殿!」

 

 指揮を執りながら、一瞬考え事をしていたクーンツの耳元に大きな声が響く。何事かと声の方を見ると、従兵がクーンツの傍に立ち、手で筒のような形を作って耳元で怒鳴り声を張り上げていた。戦場の喧騒と、クーンツ自身が考え事をしていたため、従兵が呼びかける声に反応していなかったらしい。

 

 「どうしたっ!?」

 「ウデラ隊長殿より報告!後方の防御線はもう持ちこたえられません!谷の斜面の左右どちらかに脱出路を構築して、撤退する必要があるとの事です!」

 「討伐隊隊長は、ジョナス騎士団長だぞ! ジョナス殿はどこにいる?」

 「ジョナス騎士団長殿は、隊中央付近に夢夏ユメカ殿と一緒におられます!」戦場の喧騒に負けじと従兵が大声で答える。

 「ジョナス殿の判断は?」クーンツも大声で問い返した。

 「ジョナス騎士団長殿には報告しましたが…ジョナス殿は…ジョナス殿は…」

 「…ジョナス殿はなんて言ったんだ?」

 「…それが…」

 

 従兵は一瞬言い淀んだが、次の瞬間、クーンツの眼を見ながらヤケクソのような表情で大声で言い放った。

 

 「あの人はもうダメです!ジョナス騎士団長のクソッタレは、もう使いものになりません!!」

 

 

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