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神との対話

 ”頼む…悩むのは後からにしてくれぬか?われは…魔剣の呪いと闘うので精一杯だ。もう少し時間がかかる…身体は動くはずだ…己の勇気を掻き集めてもう一度立ち上がってくれぬか?”

 

 ”…身体が動く?え?”

 

 英俊は”百人隊長”の言葉に驚いた。そして気が付いた。啓亜から受けた魔剣の呪いが消え始めている事に。

 剣撃を受けた時に、暗くて黒い、何かアメーバを思わすような邪悪なモノが傷口から侵入してきたあの感覚。

 

 それは恐ろしいまでの冷たい痛みと不快感を体内に生み出して、”百人隊長”の身体は少しづつ動かなくなっていたのだ。

 いや、『人間の精神を持つ英俊』からすると『身体の痛み、不快感』と言ってのける、何とか我慢できる程度のものだったが、『オークの精神を持つ”百人隊長”』にとっては、その苦しみは英俊とは比べ物にならないほど辛いものだったはずだ。

 

 現に、啓亜との一騎打ちの最中に、”百人隊長”は魔剣によって受けた二か所の掠り傷で、身体のコントロールが出来ないほどのダメージを受けた。

 英俊も傷ついた直後は、『”百人隊長”の身体が呪いに耐えられないことによって自分の命もまた潰えるのでは』と、覚悟を決めるほどの苦痛を味わったのだ。

 

 …だが、その苦痛が…消え始めている。

 

 ”なぜだ…?なぜ、魔剣の呪いが消え始めているんだ?”

 ”腕を見ろ…我らが神が解呪してくれている…”苦しい息の下、”百人隊長”が途切れ途切れに口走る。英俊は慌てて腕を見た。

 

 (籠手が…さっきよりも、更に輝いている…)

 

 ”百人隊長”が愛用している粗末な鉄製の籠手。オークが信奉する『獅子と蛇』の線画が彫られている。

 啓亜との一騎打ちの時も、オレンジ色に光り輝いていたが、先程の比ではないくらい明るく輝いていた。更には『獅子と蛇』の線画も赤く美しく輝いていた。

 

 (そうか…オークの信奉する神が、”百人隊長”を助けようとしてくれているのか…『神は見ている』って前の世界で、駅前の怪しげな宗教勧誘者が言っているのを聞いたことあったけど、この世界では本当なんだな)

 

 とりとめのない事を考えながら、英俊はぼんやりと籠手を見つめていた。その時、頭の中に深く重厚な声が響いた。一騎打ちの時に聞こえた例の『あの声』だ。

 

 ”少なくとも、我は『怪しげな神』ではない。オークを守りし神だ。人間の少年よ。おぬしにとっては過酷な一日であったかも知れぬが…もう少し力を貸してはくれぬか?”

 

 (『獅子と蛇』なのか?)

 

 ”…そうだ…!”百人隊長”も聞こえているか?”

 ”百人隊長”は答えない。苦し気な呼吸の音しか聞こえない。

 

 ”彼には、我の声は聞こえない。オーク一族で我の声が聞こえる者は、もう三百年の間存在しない。それは…敢えてそうしている。…分かるであろう?『神の声』を直接聞こえるという事は、無用な混乱を引き起こすだけという事を”

 

 英俊は『獅子と蛇』の言葉で、前の世界での『神の声が聞こえる』から始まる、悲惨な戦争が勃発した歴史や、自分が生きていた僅かな年月で報道されたニュース…『神のお告げ』が発端の殺人事件などを思い出した。

 

 ”そう…異なる時代や世界…そして、我らとは違う種族である人間の社会でも同じであろう。オーク一族の間でも同じ事が遥か昔に起きた。だから我々は三百年前に、オーク一族に対して最後の預言を行った。『我々はオーク一族を何時いかなる時でも守護する。だが、声は発しない。お前たちはお前たち自身で、考え、行動しろ。それに対して導きと護りを与える。我の声が聞こえるという者がいたら、それは偽りの者である』と”

 

 ”なんとなく言いたいことは分かる。でも…お告げをしないことによってオーク一族が全滅したら?”

 ”それは運命だ…その結果、我自身が消滅しても、その運命を受け入れる。…人間達の言葉を借りれば『一蓮托生』というやつだな…だが、オーク一族は力強く、賢明であり、その行動の結果、強運をも引き寄せている。

 実際、おぬしが出現して最後の戦いからこの一族を救ったのも、その結果であるのだ。おぬしと啓亜ケーアが現れたのも、…少なくとも啓亜の出現は、ある要因から仕組まれたものなのだ。”

 

 三百年ぶりに話が出来るからか、オークではなく、別種族である人間相手で気を許しているからかは分からないが『獅子と蛇』は饒舌だった。

 それでも、英俊が発した質問には急に口を閉ざした。

 

 ”ある要因から仕組まれたって?…『少なくとも』って言ったけど…じゃ、俺は想定外ってことなのか?”

 

 神は黙り込んだ。深い沈黙が訪れる。”百人隊長”の苦しそうな呼吸に合わせて、神の息遣いが聞こえてきそうだった。少しの沈黙の後、神は再び語りだした。

 

 ”少し話過ぎた。だがこれ以上は…英俊といったな。人間の少年よ。そう、これ以上は、今は言えない。ここから先はオーク一族と同じだ。自分で考え、自分で感じ取り、自分自身で道を切り開け。確かにおぬしは、この世界に『巻き込まれた』状態だ。納得行かないこともあるだろう。だが、それでも…自分で考えて行動するのが最善の道なのだ…”

 

 その時、英俊の心の中を一瞬探るような感覚があった。”百人隊長”に自分の心の中を探られた時と同じ感覚だ。

 

 ”済まないが…、お前たち人間社会の言葉を知りたいので、おぬしの心を覗かせて貰った。ちょうど良い言葉が見つからなかったからな。英俊…おぬしの住んでいた世界でも、不合理であったり、不条理な事に巻き込まれる事はしょっちゅうだったようだな…そう…その時、おぬしら人間はこう言いながらも、前に進もうとするのだろう…『現実は厳しい』と”

 

 『獅子と蛇』は笑いを含んだような、それでいて少し得意げな声色だった。本気で愉しんでいるのか、英俊の気持ちを和らげようとしているのかは分からなかったが、『神』に似つかわしくない柔らかな話し方に、英俊の気持ちが少し軽くなったのは事実だった。

 

 ”そうだよ…『現実は厳しい』…確かに厳しい事ばかりだった”

 

 英俊は前の世界でのことを思い出した。疎外され、いつだって孤独だった。他人との接し方が分からず、開き直って自分から他人との接触を拒むとますます孤立した。思春期という多感な時期に、この状況は余りにも辛かった。 自分から他人との接触を断つ行動をしたものの、その結果は余りにもにがく苦しいものだった。そして、それに追い討ちをかける、啓亜による執拗なイジメ…。

 

 ”辛かったことを思い出す必要はない。お前は…前にいた世界で出来なかった事を、この世界で成し遂げているではないか。己自身で考え仲間を率い、オーク一族を救おうと行動してくれた。そして、それは成就しつつある…”

 

 ”でも…その過程で、俺は人を殺した…しかもクラスメイトを…”

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