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悔恨

 『”百人隊長”!大丈夫かっ!?』

 

 啓亜を倒した後、思わず膝をついた”百人隊長”の元に”殺傷力”が駆けつける。肉声の唸り声を混ざったその声は、図体に似合わず心配そうな声音だった。

 

 『大丈夫だ”殺傷力”…それよりも、攻撃に参加してくれないか?討伐隊の士気が落ちている今が最大の好機だ。このまま畳掛けたいんだ』

 

 苦しみに耐えているのか”百人隊長”は沈黙している。英俊は自分の意志で”殺傷力”に話をした。話している最中、口調が”百人隊長”とは違いすぎていることにハッとしたが、幸いにもこの状況下、”殺傷力”は気が付いてなかったようだ。

 

 『大丈夫だ!”鉄板腹”が指揮を執って人間どもに攻撃を仕掛けている。このまま押し切れそうだっ!』

 

 ”殺傷力”の言う通り、英俊の前方では激しい戦いの音が響いている。士気の高いオーク達からは闘気の籠った叫び声が、討伐隊からは悲鳴が聞こえてくる。討伐隊はオーク達の勢いに完全に呑まれてしまっているようだ。

 

 『分かった!”殺傷力”は手勢を率いて、斜面から攻撃している味方の先頭集団を援護してくれ!ここが正念場だ!”熊と踊る”と協同して、必ずや討伐隊の”甲虫”どもを倒してくれ!頼む!』

 『任せろっ!』”殺傷力”は闘気の満ち溢れた顔で大きく頷く。そして返事をした後、少し気遣うような表情でこちらを窺う。

 

 (豪放で無骨なだけだと思ったが…案外、繊細なとこもあるんだな)

 

 英俊は”殺傷力”の心配そうな視線を感じて、場違いにも少し可笑しくなった。

 

 『大丈夫だ。”殺傷力”…傷は浅い。出血はしているが、魔剣は少し掠っただけだ…しばらく休めば元に戻る。すぐに後を追う。さ、行ってくれ』

 

 『分かった…おぬしがそう言うなら大丈夫なのだろう…”虎の足”!!!こっちへ!』

 ”殺傷力”は、もう一人の信頼できる部下である”虎の足”を大声で呼ぶ。呼ばれた”虎の足”が、すっ飛んでくる。

 

 『”虎の足”よ。お前は手勢と共に”百人隊長”を守れ。”百人隊長”が動けるようになったら、”百人隊長”の命に従え。いいな!?』

 

 ”虎の足”は大きく頷く。”殺傷力”の言葉を聞いていた”虎の足”に従う数名の手勢は、命令が下される前に”百人隊長”を中心とした円形陣を素早く作り上げた。

 

 『よし、頼んだぞ! ”虎の足”!!…待ってるぞ!”百人隊長”!!』

 

 ”殺傷力”はそう叫ぶと、戦槌を頭上に振り上げて周りのオークに合図を送る。彼らは一団となって、斜面伝いに先頭に向かって走りだした。

 

 

 ””百人隊長”…さっきから黙っているが…大丈夫か?”

 英俊は”百人隊長”に語り掛ける。英俊と啓亜の一騎打ちが始まってから、”百人隊長”は一言も声を発してなかった。

 

 ”見上げたものだな…”

 ”…え?”

 ”先ほどの戦い…啓亜ケーアという名前の…人間どものリーダー…との戦いだ…良い戦いぶりだった…驚いたぞ”

 

 途切れ途切れの”百人隊長”の声。その声に、英俊は思わず視線を上げて、前方に眼をやった。

 

 少し先に啓亜が倒れているのが見えた。雨はやんでいない。降りしきる雨に打たれ、泥濘と雑草と石だらけの地面に仰向けに横たわった身体はピクリとも動いていない。

 

 ”そうか…俺は…人を殺した…のか…。…しかも…いじめっ子だったとは言え…クラスメイトだった人間を…殺してしまった…”

 

 我に返った英俊は、突然嘔吐感が込み上げてきた。胃袋が定位置を外れて激しく収縮するのがハッキリと感じられる。食道が口元までせり上がってくるような不快な感覚。それを無理やり抑え込もうとすると、口元からは嘔吐を我慢している時特有の不快な音が鳴り響いた。

 

 (…ダメだ…吐く)

 

 英俊が諦めかけた時、突然、胃袋と喉の痙攣が収まった。収まったというより強引に抑えられたといった感じだった。

 

 ”そのような気持ちにならなくてもよい。おぬしはやるべきことをやってくれた…オーク一族を救ってくれた勇気と行動だ。だから…自分を責めたりするのではない…もし、奴を殺らねば、我とおぬしが殺られていた訳でもあるしな…”

 

 ”百人隊長”が身体を制御して嘔吐感を止めたのか。

 

 ”そ、そうだけど…それでも…”

 ”先ほども言ったであろう…考えるな…考える必要などない…おぬしは悪くない。だからいろいろ考えるのはやめろ…少なくとも今は考えるな…戦いの最中だ。生きて帰ってからゆっくりと考えればよい”

 

 ”…先送りにしろってことか?”

 ”そうだ。今はそれで良いのだ。今考えて、『ああだったら、こうだったら』と言っていても仕方ないであろう…”

 

 …確かにそうだが…でも…

 

 英俊は心の中は乱れていた。ゲームなんかじゃない。現実…かどうかは分からないが、この恐ろしいまでに現実感を伴う世界で…殺人を犯した。

 

 

 人を殺したんだ。

 

 

 そう簡単に、自分の気持ちを整理することは出来なかった。かといって、自分の気持ちを隅に置いて先送りにする事なんかも出来なかった。

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