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接敵

 

 

 

 (『……そしてシャルディニーに伝えろ。絶対に『ファランクス』は使うな。と』)

 

 クーンツはケーア様の言葉を、心の中で反芻した。この狭い谷底。そもそも、重装歩兵隊は開けた土地で、両翼に騎兵隊の掃除役と歩兵隊の支援を得て、中央から強力に押し上げていくのが一番得意な仕事だ。

 

 現在、討伐隊は谷底という隘路に押し込められ、重装歩兵隊も騎兵隊も完全に機動力を封じられている。更にファランクスは、ケーア様の残した命令によると、『絶対に使うな』と念を押すくらいに、この地形では不利な陣形らしい。

 

 未だにクーンツは、なぜそこまでファランクスが不利な陣形なのかは分からない。だが、自分なりの考察から出した結論からでも、この地形ではファランクスは、脆弱な弱点を抱えていることが、はっきりと想像できた。

 

 「ジョナス騎士団長殿!ファランクスはダメです!」クーンツは叫んだ。

 「なんだと?! クーンツ!」ジョナス騎士団長が怒鳴り返す。

 

 「ケーア様がおっしゃっていました。この地形でファランクスは危険です!現在の密集体形か、半円形の防御体形で対応しましょう!」

 「ケーア…?」ジョナス騎士団長の顔が憎々し気な表情に豹変する。

 「ケーアがなんだ!アイツはもういない!俺が討伐隊隊長だ!俺が指揮を執っているんだ!…いいかクーンツ!今迄の戦いをお前も見ていただろう? ファランクスは無敵の陣形だ!あの陣形使えばオークなんぞ一蹴だ!」

 

 喚き散らすジョナス騎士団長。この状態になってしまうと説得はもう無理だ。いや、討伐隊の命運が掛かっている今、なんとか思い留まらせたいが、もう時間がない。

 

 「ジョナス騎士団長…せめて右側面の直掩隊は、そのままにして頂けませんか? ファランクス運用の際には、必ずあの部隊が右翼を護衛していました。あれがないのは危険かと」

 

 「後方が押されまくっているんだぞ!クーンツ!戦力が足りない!右側面隊は精鋭だ。有効利用するんだ。右側面隊が無くてもファランクスは機能する。大丈夫だろう!」

 

 (…ジョナス騎士団長殿…なんでそんなことが言える…)クーンツがそう思った時、ジョナスが更に言い募る。

 

 「クーンツ!お前はなんで右側面隊が必要なのか分かるのか!? 説明してみろ!」

 「…それは…」クーンツは言葉に詰まった。

 「ほれ見ろ!…お前、答えられないだろ!?」

 

 言い負かしてやった。そんな得意げな表情をするジョナス騎士団長は子供じみていた。

 

 「陣形変換!ファランクス!」

 

 その時、シャルディニーの大声が聞こえた。呼応するように呼子が陣形変換を知らせるために断続的に吹き鳴らされる。

 

 『もう、いい。命令だ。ごちゃごちゃやってる時間はない』シャルデニーの大きな背中がそう言っているようだった。

 

 敵を目前にしながらの陣形変換。重装歩兵隊は相手を警戒しつつも一気に完了してみせた。隙一つみせず、近づきつつあるオークが「何事か?」と警戒して一瞬、足を止めて様子を窺う僅かの間に、ファランクスに陣形変更完了してしまった。

 

 「後方の応援に行って参ります」

 

 その時、右側面直掩隊の若い隊長が、クーンツに声を掛けてきた。五十名の部下を引き連れている。

 

 「分かった」クーンツは短く応じる。

 「重装歩兵隊を…頼みます」すれ違いざまに、目を合わさず俯いたまま隊長はそっとクーンツに伝える。

 「大丈夫だ。任せろ」大丈夫かどうかなんて分からないが、とにかくクーンツは、そう声を掛けた。

 右側面直掩隊は、足早にクーンツの横を駆け抜けて後方へと向かう。

 

 「両側面、オークが突破を狙っています!」従兵の叫び声。クーンツはハッとして谷の斜面に眼をやる。こちらの隊列に平行して、オーク共が走っている。

 

 (どこかで急激に折れ曲がって、こちらに突っ込んで来るに違いない)

 

 「戦闘準備!」クーンツは叫ぶ。同時に重装歩兵隊からも声が上がる。

 

 「前方のオーク集団、二手に分かれつつあり。前方と…右側面を狙う戦力の二手です…!!!」

 

 (右側面…! なんだと…? オークは早々と右側面に狙いを付けてきたのか? ファランクスは右側に弱点を抱えている事を知っているのか?)

 

 クーンツは驚き、背後の右翼方面を振り返った。右翼の守備の指揮を執るベーレンズ分隊長もまた危険を感じて、手持ちの兵力の一部を重装歩兵隊の右翼支援に廻そうと必死で指示を出しているのが見えた。

 

 (あっ…)

 

 その時だった。重装歩兵隊の右前方の斜面に、盛大に生い茂る下生えの茂みや灌木から、何か緑色のものが次々と飛び出して、重装歩兵隊の右翼に食いつこうとするのが見えた。

 

 (オークの伏兵!)

 

 クーンツはそれを見て何か叫ぼうとした。しかし、それは叶わなかった。

 

 「左側面!オーク来ますっ!」従兵が叫ぶ。自分の持ち場である左側面にオークが突撃を開始したのだ。

 

 様子を窺うように、こちらの隊列と並行に走っていたオークどもは、重装歩兵隊と騎兵分隊の繋ぎ目辺りを目標と定めると、右に方向転換すると一気にこちらに向かって突っ込んできた。

 

 「来るぞ!戦闘準備!」クーンツは叫ぶ。

 

 (シャルデニー、ベーレンズ…頼むぞ!)自分の持ち場の防衛に集中しなければならない状態だが、クーンツは討伐隊右翼の事が心に残り続けていた。

 

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