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前方主力 2

 ◇

 

 

 

 クーンツは後方からの戦況報告を携えて、次々と風のように走ってくる伝令の報告に耳を傾けた。

 

 「中央が突破されました…」

 「騎士団の救援が始まり、オークを押し返せそうです!」(この報告にクーンツは思わず顔がほころびそうになった)

 

 だが、良い知らせは、それ以降伝えられる事がなかった。

 

 「中央部の分断面は拡がるばかりで、合流はかなり厳しい状況!」

 「第二歩兵総隊並びに騎士団にも相当の被害が出ている模様です…!」

 

 こうした報告を受け、クーンツらに緊張の度合いが高まった時、隊列後方で凄まじいまでの地鳴りのような音と叫び声、そしてオークの吠え声が木霊してきた。その叫びは悲痛の声では無い。

 

 (あの音、第二総隊が敗走したのか…? そして…あの誇らしげな声…豚どもの勝鬨かちどきか…!)

 

 その時、伝令よりも速く、兵士たちの間で囁きが伝播した。

 

 「あの音、第二総隊が逃げやがったな!」

 「分断された後方部隊がケツまくりやがったんだ!」

 「…嘘だろ?! 俺達はどうなるんだ?」

 「俺らも早く撤退しないと!オークの豚どもに皆殺しにされるぞ!」

 「でもどうやって逃げるんだ?!」

 

 兵の間で一気に動揺が広がる。お互いに見合わす歩兵同士の顔は、不安を通り越して恐慌状態の一歩手前だ。

 

 …その時、力強い怒鳴り声が辺りを響く。

 

 「お前ら!この状態だ。退路はねえ!腹括れ!俺達でオークを皆殺しにしねーと、ここから生きて出ることは出来ねーんだ…いいか野郎ども!テメーの不細工なカミさんとクソガキにもう一度会いてーなら、やるしかねーんだよ!!いいな!」

 

 第一歩兵総隊隊長のウデラが、不安がる歩兵を一喝したのだ。野放図で滅茶苦茶な言い方だが、その揺ぎ無い声で歩兵は少し落ち着きを取り戻した。

 

 「俺たちは身重だ。”逃げる”なんて選択肢は鼻からないからな」指揮官隊のところまで下がってきていたシャルディニーがクーンツに語りかける。

 

 (そうか重装歩兵は、騎士よりも更に重い重装備の鎧を身に付けての徒歩移動だ…しかも、この雨と地面の泥濘ぬかるみ…皆に合わせて一緒に逃げるなんて出来ないのか)

 

 「辛気臭せー顔してんな。クーンツ。もし脱出路が確保出来たら逃げろよ。お前らが逃げ切るまで退路を確保しといてやる」

 

 一瞬、笑顔を見せてシャルディニーは続けた。

 

 「まあ、負けるつもりはないがな。俺たちにとってオークのクソ豚どもなんて、お前らの助けを借りずとも皆殺しにするつもりだ。そのあと、ゆっくりとこの谷を抜けることにするからよ」

 

 「酒でも飲みながら…か?」

 

 クーンツはシャルディニーの言葉に無理に合わせた。

 

 「そういう事よ」

 

 白い歯を見せてニヤリと笑いながら、厳めしくも重厚な、重装歩兵専用の兜の面貌ベンテールを引き降ろす。彼の表情は消え、その代わりに面貌ベンテールに彫られた無機質な人面がクーンツを見返す。

 

 「今この瞬間、奴らにとっては、こちらに攻撃を仕掛ける絶好の機会だと思うんだが…攻めてこないのか…何考えてやがる。今日の豚どもは本当に油断できないな」

 

 シャルディニーはそう呟きながら、直接指揮をするために重装歩兵の陣形の中に入っていく。防御を固める重装歩兵達は兼業歩兵とは違い、全く動揺していなかった。しっかりと前方のオークを警戒しながら、短槍と盾を構えている。

 

 (さすがはシャルディニーが鍛えた重装歩兵隊だけある…このままだと、生き残れる可能性は少ないのに…微塵も士気は衰えていない…この精鋭部隊を、むざむざこんな豚共との戦いで損害を出したくない…全滅なんて絶対に避けたい…!なんとしても皆を連れて帰る…)

 

 クーンツは心の中で固く誓った。その時、ふと、後方が妙に静かになった事に気が付いた。

 

 (どうした…? 攻めてこないのか?)クーンツが首を傾げる。タイミングよく一人の伝令がクーンツに駆け寄り、耳打ちするように囁いてきた。

 

 『ケーア様が!…ケーア様が、奴らのリーダーらしきオークと一騎打ちを開始しました!』

 

 気を使って周りに聞こえないように耳打ちする伝令。だが周囲の兵達は、自身のネットワークである『伝言』を使って、一騎打ちが開始されたことを把握していた。

 

 兵達に緊張と期待が拡がる。もしケーア様が一騎打ちに勝利すれば、オークの士気は大幅に低下する。討伐隊の士気は最高潮だ。

 

 (前方のオーク達も、一騎打ちの事は知っているんだろうか?)

 

 遠目で見えるオーク達の表情は変わらない。厳しい顔つきでこちらを睨んでいる。先刻からずっとそんな感じだった。敵と見るや、怒りと闘志を滾らせて突撃してくるオークを見慣れているクーンツにとって、今日の奴らの行動は本当に不思議だった。

 

 (要所要所で、崖の上から鳴らされる太鼓…あれが俺たちの軍楽隊と同じ役割をしているみたいだが、今はその音が聞こえてこない。だが、それ以外に何か奴ら同士の意思の疎通ができる方法があるみたいだな。どうみても、”命令待ち””状況待ち”って雰囲気だ)クーンツは前方のオークを観察しながら思った。

 

 (シャルディニーの言った通りだ。今日のオーク達は本当に油断がならない…)

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