前方主力
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前方のオーク主力と睨み合う重装歩兵隊。彼らを支援するために残された歩兵隊の一部、そしてクーンツ率いる騎兵分隊。お互いの主力は、緒戦で一度衝突した後は、互いに攻撃を仕掛けることなく、ずっと対峙したままだった。
(ケーア様は”動くな”と言った。実際、いま前方のオーク主力と戦えば、却って陣形は乱れるだけか…)
重装歩兵隊の展開する陣形の僅かな隙間から、クーンツは前方を透かし見る。最初と同じだ。十数メートルの距離を置き、オークが武器を構え警戒を怠らない態勢を保っている。
重装歩兵隊の陣形は通常の密集体形。その右側面には、正規兵から構成される歩兵部隊が重装歩兵を援護している。彼らはケーア様から指示されて任についた特別部隊だ。
過去の戦いでも、彼らは重装歩兵の右側面を常に付き従い護衛していた。さすがのクーンツも、ケーア様が考案した陣形、特にファランクスは、右側面からの攻撃に弱いのだろう。と察していた。
だが、どうしてあそこまで、右側面の防衛に神経質になるのかまでかは、理由が分からなかった。オークが右側面から攻撃を掛けてくれれば分かったのだろうが、オークは馬鹿の一つ覚えのように、常に正面から攻撃を仕掛けてきたし、稀に極少数のオークの別動隊が右側面から攻撃を仕掛けても、何かをする前に右側面護衛部隊の歩兵に一瞬で排除されてしまった。
そして現在も、この右側面を護衛する歩兵隊は、綺麗に隊列を整えたまま、前方正面に陣取るオーク主力の右側の崖の斜面、そして崖下右側に生い茂る灌木、盛大に生い茂る下生えの雑草の辺りを注意深く警戒していた。
(あの歩兵隊にとっては、『とにかく”右”』なんだな)
なぜ重装歩兵隊に右側面専門の護衛隊を配備したのか、クーンツら指揮官隊の面々には、その理由を一言も言わなかった。クーンツに好奇心がなかった訳ではなかったのだが、ケーア様は黙してその理由を決して言わなかった。
だが、クーンツはケーア様の事を心の底から信頼していた。だから、突っ込んで理由を尋ねるという事はしなかった。実際、ケーア様の考えはクーンツの及ばない事も多々あったから、取り立てて深く疑問に持つこともしなかった。
(ケーア様にはケーア様の考えがある。俺は自分の仕事をするまで)
クーンツは、いつからか自分にそう言い聞かせ、ケーア様に全幅の信頼を置くことに決めたのだ。
そして、そのケーア様は此処にはいない。オークの突撃によって造られた、討伐隊全滅の危機ともなる中央部の間隙を塞ぐべく、ユーハーソンと一緒に急行したのだ。
現在、討伐隊前方を守る部隊を指揮するのは、重装歩兵隊隊長のシャルディニー、騎兵隊分隊長のクーンツ、第一歩兵総隊隊長のウデラ…
そして、騎士団団長のジョナス
ジョナスは討伐隊が苦境に陥りつつあることが分かると、露骨に不安そうな顔をし始めた。自分の不用意な命令が隊を危機に陥れたと感じたからか、…いや、違うだろう。単に自分の命が惜しいからだろう。
今迄の戦いと違い、この戦いでは討伐隊は両側を斜面に挟まれ、前後を敵に塞がれ退路が無い状態なのだから。
この状況下、そう簡単に撤退することも出来ない。それゆえ不安と焦りの感情を呼ぶのは、クーンツら他の指揮官も同じだ。
ただクーンツ、シャルディニー、ウデラの三人は『指揮官の動揺は、隊全体の動揺に繋がる。指揮官たるもの、如何なる時も冷静であれ』という、士官としての基本中の基本なセオリーを守り、少なくとも表面上は平静さを保っていた…そう。ただ一人、ジョナス騎士団長を除いて。
自分たちの背後、隊の後方で激しい戦いの音が始まった時、シャルディニーとウデラ、クーンツは必死で心の動揺を抑え、眼前のオーク主力に注意を払った。後方の攻撃に呼応して攻撃してくる可能性があったからだ。
だが、ジョナス騎士団長は違った。飛び上がらんばかりに驚き、あからさまに上ずった表情を見せた。
(ジョナス騎士団長殿!周りの兵が動揺する!そういう態度はやめてくれ!)
クーンツは歯噛みしたい気分だった。実際、ジョナスの態度を見て、あきらかに不安そうに互いを見合う兵士達(主に歩兵第一総隊の面々だったが)が何人もいた。
(歩兵主力の歩兵総隊は正規兵でなく、召集された兼業兵士が多い…指揮官の動揺を敏感に察して、すぐに士気崩壊する…何があっても堂々として下さい…ジョナス騎士団長!)
クーンツはジョナス騎士団長が冷静さを保ち続けるよう、必死で心の中で祈り続けた。
長々続いていた一騎打ちを書ききりました…
お読み頂いた方ありがとうございます(感謝)
この後はテンポよく行きたいと思って書いていましたが
うーん…難しいですね。
ただ、なるべくテンポよく勢いのある作品にしていきたいと思います
評価、ブックマークして頂いた方々、大変嬉しく、励みに
なっています。
感謝の言葉もありません!ありがとうございます!