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決着 1

 啓亜は馬鹿正直に、こちらに向かって真っすぐ突っ込んで来る。”百人隊長”が迎撃の構えを見せてもそれは変わらなかった。

 さっき”百人隊長”は、啓亜の突撃を切り払いで迎撃しようとして、それを躱された。空振りして出来た隙を見逃さずに、啓亜は懐に飛び込み、こちらにダメージを与えた。

 

 それをすぐさま教訓にした”百人隊長”は、今度は隙が少ない”突き”で対応しようと考えたようだ。

 啓亜に向けて、真っ直ぐ剣の切っ先を向けた。小銃兵が銃を構えて狙いをつける仕草にそっくりだ。

 啓亜は速度を全く落とさずに突っ込んで来る。無策と言っても過言ではなかった。”百人隊長”の折り畳まれた腕が更に引き絞られ、必殺の一撃を放つ準備を整った。

 

 低く落とした下半身。一歩前に出された左足と太腿と腰に力が込められる…啓亜を充分に引き付けたその瞬間、込められていた力が解き放たれた。いかずちの様に鋭い突きが、前方の啓亜に向かって放たれた。速度も正確さもこれ以上ないほどの会心の一撃だ。

 

 (あ…?)

 

 その瞬間、英俊は驚愕した。啓亜の動きが一瞬、コマ落ちの動画のように不自然に速くなると、”百人隊長”の一撃を身を屈めながら、掻い潜るように一瞬で躱したのだ。

 

 (なんだ…?…あっ…!)

 

 ”百人隊長”は全く反応していない。さっきと同じだ。身体を硬直したまま、啓亜を完全に見失っているかのようだ。

 

 ”うご…” 

 

 その時、頭の中で例の深い声が響き渡った。英俊はその言葉が話し終える前に、咄嗟に”百人隊長”から身体のコントロールを奪うと、一気にを詰めてくる啓亜に対応した。

 

 身体を左側に捻る。真っ直ぐ懐に突っ込んで来る啓亜。その手に持つ魔剣は”百人隊長”の腹を狙っている。体の軸も姿勢もブレていない。無骨だが完璧な体当たり攻撃だ。

 

 (避けろっ…!!!)英俊は英俊の体当たりを避けようと、必死で身体を捩じった。

 

 右側の腹部に氷を撫でたかのような、冷たい感触が走った。次の瞬間、猛烈に不快な痺れを伴う痛みと、何か邪悪なものが侵入してくる感覚が走った。

 

 「ぐうぅぅッ!」”百人隊長”の強い呻き声。

 

 ”大丈夫か?”百人隊長”!!”英俊は叫んだ。

 

 (くっそ。避け切れなかった…直撃は避けられたが、さっきと同じだ。浅いながらも”青玉の剣”の一撃を喰らってしまった…)

 

 英俊は身体を反転させる。先ほどと同じだ。突進を躱された啓亜もまた、反転してこちらに対峙した瞬間だった。

 

 深馬啓亜…彼の表情は…英俊にとっては意外なものだった。深手は与えられなかったものの、魔剣という強力な武器で二回もダメージを与えたのだ。

 

 (もっと勝ち誇った顔をしていてもおかしくないのに…むしろ…あの顔は…)

 

 

 

 『驚愕』

 

 

 

 

 そう…”驚愕”の表情だ。

 

 (それ程までに、馬鹿正直に突っ込んで来る体当たり攻撃に自信があったのか?…”カウンター合わせ下さい”と言わんばかりだったのに…)

 

 その時、英俊は思い出した。二度の攻撃を受けた時の、”百人隊長”の戦闘技術からは考えられない反応の悪さを。いや、反応が悪いってもんじゃない。全く反応できていなかった。

 

 

 ちょうどその時、”百人隊長”が喘ぐような呼吸の下から、必死に呻き声を絞り出した。

 

 ”見えなかった…”

 ”なんだって?何が見えなかったんだ?!”

 ”奴だ。さっきもそうだが…肝心な瞬間…奴の姿が、一瞬だが見えなくなったのだ…奴は…いや…お前の世界では姿を消す魔術でも存在するのか…?”

 ”いや、そんな魔術存在しない…そうか…だからか…”

 

 英俊は合点がいった。”百人隊長”が、啓亜の攻撃に無反応になった瞬間があった事も、そして…

 

 (啓亜が、あんな無防備に体当たり攻撃を仕掛けてくるのも…その”魔術”があったからか。だから自信満々に突っ込んできたのか…)

 

 英俊は一人納得しながらも啓亜に注意を払う。啓亜もまた、必殺の攻撃を回避されたからか、闇雲に突っ込んで来ようとはせず、短剣を構えながらこちらを睨みつけている。

 睨みあう両者。さしずめ仕切り直しの僅かな作戦タイムといった状態だった。

 

 (あの”魔術”…なんで最初から使わなかったのか…余裕かましていたから?…啓亜のやりそうなことだが…それは違う。勝利の趨勢を決める重要な一騎打ちだ。お互いの士気にかかわる重要な戦いだ。一気に仕留めて勝てば、圧倒的な力の差を見せつけることが出来て、討伐隊の士気は最高潮。逆にオークの戦意は崩壊する…でも啓亜はそれをしなかった…)

 

 なぜか?

 

 (簡単だ。たぶんあの”魔術”は、使える回数が決まっているんだ。一日なのか、一生なのか、それともゲームのマジックポイントみたい仕組みなのか…どれかは分からないけど、無尽蔵に使えるわけではない。だから出し惜しみをしたんだ)

 

 英俊は啓亜の顔を真っ直ぐ見返す。青ざめた表情の啓亜が睨み返す。その表情は、まだ”絶望”の色には染められていなかった。

 

 (あの表情…まだ”魔術”は使えるんだな…”時間を止める?””こちらから姿を消す?”…それとも”一瞬、速く動ける?”…どれかはわからないけど、こちらの感じ方は一緒だ…”啓亜はこちらが反応できない一瞬の間、自由に動ける能力”を持っている)

 

 だが、その効果があるのは”百人隊長”の精神が宿っている時だけだ。英俊の精神では、啓亜の魔術は通用しない。同じ世界から飛ばされてきた人間には効果がないのか? それとも人間以外のオークなどの亜人間にしか効果がないのか?当然だが、詳しいことは分からない。分かるわけない。


 だが事実として、英俊には、啓亜の動きはコマ落ちのように速くなるが、姿を見失うという事はなく、捉え続けることが出来る。

 そこまで考えて、英俊は決意を固めた。ひとつ大きく息をする。

 

 ””百人隊長”…”

 

 英俊はそっと囁いた。

 

 ”な、なんだ…”

 

 ”百人隊長”が声を絞り出す。かなり苦しそうだ。

 

 ”僕が代わる。僕には啓亜の動きが見える。なんでか分からないけど分かるんだ。だから代わりに戦う…”百人隊長”は…休んでいてくれ”

 

 ”おぬし…”

 ”百人隊長”が苦悶の中でも驚いた声色になる。そうだろう。ちょっと前に、へっぴり腰で剣を振り回し、挙句に泣きを入れて戦いを代わって貰ったのだから。

 

 ”大丈夫だ。さっきまで”戦い方”っていうのをじっくりと見せて貰ったから。僕も戦える。そして絶対に負けない”

 

 英俊は大きく一つ息をして吐き出すように言った。

 

 ”…任せろ”

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