決戦 3
盾を投げ捨て弧を描くように歩を進める啓亜は、突然内側に切れ込むような足捌きで距離を詰めてきた。
”百人隊長”が、啓亜の動きに機敏に反応して、彼を狙い両手剣を振り抜く…カウンター攻撃のタイミングは完璧だった。…だが、薙ぎ払った剣の軌道上に啓亜はいない。突っ込むと見せかけて、急停止したのだ。
”外されたっ!!”
英俊は思わず悲鳴を上げた。”百人隊長”は無言だ。即座に空振りした剣を返して、ここぞとばかりに、右側から廻り込む様に突っ込んでくる啓亜の攻撃に備えようとした。
!!!!!!
その時、心臓が強く脈打った。”百人隊長”が何かに驚愕したのだ。ほんの一瞬だが”百人隊長”は身体を硬直させた。
英俊の視界では、啓亜が短剣を腰だめに構えて突っ込んでくるのが見える。不用心とさえ思えるくらい、堂々と真っ直ぐ突っ込んでくる。”百人隊長”の腕前なら簡単に迎撃出来るはずだ。
…なのに
”百人隊長”の反応は完全に遅れていた。啓亜が身体ごとぶつかるように攻撃する…短剣が右の脇の下に刺さろうか。といった所まで近づく。
その瞬間、”百人隊長”のオークの肉体が魔剣の呪力に反応した。猛烈な寒気と痺れるような感覚。脇の下の皮膚が一気に緊張して張りつめた。
刹那、”百人隊長”がやっと攻撃に対して対応し始めた。いつもなら、もっと素早く反応するはずなのに、その動きはあまりにも遅すぎた。
それでも、動き出してからは速かった。脇の下を狙う短剣。それを避けるために、身体を回転させながら後ろに思いっきり引き、魔剣の一突きから逃れようとした。
だがギリギリで間に合わなかった。完全に避けることは出来なかった。魔剣の切っ先が、僅かに”百人隊長”の肉体を捉え、そのまま脇の下を切り裂いた。
剣の切っ先で斬られた十数センチ。普通に考えたら深手ではない。表面の皮膚と、その下にある筋肉の上に乗った薄い脂肪組織を切り裂いただけだ。
それなのに、その苦痛は尋常ではなかった。英俊は人間の精神を持っているので、例え”百人隊長”というオークの身体と同居していても、ダメージの感じ方はまだマシな筈だ。
それでも、魔剣の威力は凄まじかった。切られた傷口から何か得体のしれない…(英俊には”形の持たない黒い何か”に感じられた)
その黒い…例えるならアメーバのようなものが”百人隊長”の体に侵入して、冷たい苦痛と痺れをもたらした。
「グッ…」
今迄、苦痛の呻きなど出したことのない”百人隊長”。英俊が経験した”鷹の舞う地”での戦いで、彼が啓亜と夢夏に斬られ、命を落とす瞬間ですら声一つあげなかった。
それが、短剣で皮一枚斬られただけで、苦痛に耐える呻き声をだした。その事が”青玉の剣”の魔剣たる、恐るべき力を示していた。
”大丈夫か?! ”百人隊長”!?” 英俊は叫ぶ。
”…大丈夫だ…たかだか皮一枚斬られただけだ…”
”百人隊長”は言葉を絞り出す。だが、全身に玉のような冷や汗を浮かべている。顎先から汗が滴り落ち、籠手に落ちた。汗は籠手の上を跳ねる、先ほど赤色に明滅していた籠手の線画は、いまや更に激しく光り輝いていた。
”…来る”
(え?)英俊は、唐突に心の中に響く声に驚く。”百人隊長”の声では無かった。彼の声は落ち着いた深い声だが、今、心の中で響いた声は、それよりももっと深く、何か荘厳な響きさえ感じられた。
(誰だ?)
”急げ!”
英俊の問い掛けを無視するような声。落ち着いてはいるが、どこか有無を言わさないような口調だ。
(”来る”、”急げ”…この状況だと言っていることはただ一つ…)
英俊は”百人隊長”の眼を通して外界を窺い、”百人隊長”から身体のコントロールを奪うと素早く振り返った。
啓亜が繰り出した身体ごとぶつかるような攻撃。それを”百人隊長”は辛うじて躱した。体当たりできなかった啓亜。だが、当然彼は諦めていなかった。通り過ぎた先、”百人隊長”の背後で一気にターンすると、こちらに向き直り再び腰だめに短剣を構えて突っ込んできた。
さながら、ドスを構えて抗争相手の組長を暗殺せんとするヤクザのヒットマンのようだ。洗練さの欠片もない泥臭い攻撃。恰好を付けたがるはずの啓亜には似つかわしくない。だがその泥臭い体当たりが成功すれば、こちらは確実に致命傷を負う。
””百人隊長”!来るぞ!”英俊は絶叫し、すぐに身体のコントロールを彼に譲った。
”百人隊長”は渾身の力を振り絞り剣を構える。そう…啓亜の体当たり攻撃は、当たれば確実だ。だがこちらは手負いとは言えまだ動けるし、何といっても短剣よりも強力でリーチのある両手剣を持っている。真っ直ぐ突っ込むのは自殺行為だ。
(ヤケになったか!? 深馬啓亜!)
啓亜の蒼白な表情が眼前に迫る。彼の必死な視線が、こちらの視線と激しくぶつかった。それに呼応して”百人隊長”は、手に持った両手剣の切っ先を、啓亜に合わせる。
”百人隊長”は視線を少しだけ下に動かした。啓亜の下半身と足の動きが目に入る。直前でのフェイントを警戒したのだ。
”…これで決める…”
”百人隊長”が声を絞り出す。
”百人隊長”の眼を通した外界。啓亜の顔と足が同時に視界に収まっている。完璧だ。”百人隊長”なら今度こそ決められる。…英俊がそう考えた時だった。
(…!?)
啓亜の表情に一瞬、何かを企むような…こちらを揶揄う…いや、イジメる時によく見せていた狡猾そうな表情を浮かべた。
(なんだ…?)
次の瞬間、啓亜の表情が更に変化する。その表情ははっきりと彼の心を物語っていた。
”勝った!”
と。
最近、めっちゃPV増えています。皆様御読み頂きありがとうございます!
まだ書き溜め分はあります。ちょっと冗長な部分があります…心理とか
状況を必要以上に書いてしまいテンポが悪くなってしまい申し訳ありません。
ただ、現在は自分にとって重要と思っているシーンですので、ここは描き切り
たいと思っています(すみません)
これが終わったら、テンポの良さも心掛けていきたいと思います。もしよければ
この後もお読み頂ければ嬉しいです。