”力” 2
…
「なぁ、野球の試合でバッターの時に、時間が一秒止まったらヒット打てるか?」
休み時間。啓亜は、野球部のクラスメートと雑談をしていた。同じ運動部同士、他愛もない会話だった。
「自分の好きなタイミングで時間が止まったら、そりゃヒットを打つ確率は跳ね上がるよ。追い込まれてて、球種の読みが外れてても、最低でもカット、上手くやればヒットに出来るかも」野球部員の彼は笑いながら答える。
「テニスだって同じだろ?」横からバスケ部の友人が口を挟む。同じスポーツをやってるからだろう、くだらないと言えばくだらない話題だが、興味を引く内容なのは間違いないようだった。
「もちろん、テニスだって同じだ。回数無制限ならタイブレークしまくれそうだ。相手のサービスゲームは怖く無くなるな…バスケはシュート入れまくりか?」
「まぁそうだな…一秒あれば、相手のディフェンスのマークを完全に外すことが出来るし、スリーポイントも落ち着いて狙えるしな。ま、そんなこと起こらないけど…球技じゃなくても一緒だろ? なぁ?長倉」
バスケ部が、柔道部の長倉に声を掛ける。会話の輪に参加していた長倉も、この話題には耳を傾けていた。
「まぁ、おんなじだ。一秒あれば技は掛かる。…それよりも」
「それよりも…?」
「組み手争いに確実に勝てる。相手が不完全で、こっちが完全な組み手になれば、あとは投げるだけだ。一秒間時間が止まるなら、そっちに使うな。柔道なら」
「へぇ…奥が深いな…」バスケ部員が感心したように頷く。それを聞いていたサッカー部のクラスメートも口を挟む。
「言いたいこと分かるわ。サッカーでもキーパーとの一対一の状況作るとか、スペースを使うとか、スルーパスを成功させるとか、そういう必勝パターン作るのが大変だからな。それさえ作れればあとはシュートを打つだけだ」
「おまえ、マジメか」野球部員は茶化したように笑うが、同じスポーツをやってる仲間の言うことに一理あるのは認めている口調で、馬鹿にしてる訳ではないのは雰囲気で分かった。
「うっせ。試合が近いからマジメになっちゃうんだよ」サッカー部員も冗談だと分かっているので笑いながら言葉を返す。
啓亜が前の世界にいた時の何気ない雑談。『一秒間、時間が止まったら』は、スポーツをやっている人間にとっては、圧倒的なアドバンテージを得ることが出来る。というのが共通認識だった。
そして、現実には『時間を止める』なんて事は不可能なので、試合に勝つために、フェイントであったり、相手との読み合い、はたまた位置取りや、フォーメーションの優位さ、単純なテクニックの向上などで、『疑似的な一秒間』を作り出すことに鎬を削っていた。
『一瞬』が重要視されるスポーツにとって、それほどまでに『一秒』という時間は大きな要素だった。
啓亜が飛ばされた世界。そこで実際に武器を持って、相手と命のやり取りをする。敗北すればケガ。最悪命を絶たれてしまう。そんな状況での『一秒』は余りにも大きい。
だが、啓亜は、言葉通りの
『一秒間、時を止める能力』を手に入れた。たとえ一秒でも、これは戦いを進める上で圧倒的なアドバンテージだった。
発動は簡単で、心の中で『止まれ!』と強く念じれば良いだけだ。しかも、それは啓亜自身の身に危険が迫っている状況下である時のみ発動するようだった。
(実際、通常の作戦の指揮で、部下に『止まれっ!』と本気で命令したことが何度かあるが、”力”は発動されなかったし、頭の中に響く女の声も聞こえてこなかった)
回数制限があるものの、その能力をいつでも使える、と分かっているだけでも心の余裕が全く違った。”追い込まれる”といった心境にならないのだ。
”焦りはミスを呼ぶ”これはスポーツでなくても、有り勝ちなことだ。”時を止める能力”が、啓亜を、”焦り”という感情から解放してくれた。
元々、卓越した剣術が身についていた啓亜は、”一秒の間、時間を止める能力”も同時に身に付けることによって、無類の強さを発揮できるようになった。