”力” 1
(あの時以来、あの不思議な力は使っていない。問題なければ、”あの力”はあと三回使えるはずだ。本当は使いたくないんだが、だが死んじまっては元も子もないからな。ここで力を使って、奴の息の根を確実に止めてやる)
啓亜はそう決意すると左手に持っていた盾を投げ捨てた。”力”を使えば、盾を持ってようが持ってなかろうが、関係なくオークのリーダーを倒すことが出来るだろう。
(だが、盾を持つとどうしても身重になる。余裕をもって相手の懐に飛び込む為には身軽になる必要がある。”力”を使って距離を詰めるか…それとも、自力で充分近づいたところで、”力”を使ってあの豚の身体に短剣を突き刺すか、…どちらにせよ、それで終わりにする)
青玉の剣の短所は、それが短剣ということだ。短剣といっても刃渡りは四十センチ近くある。啓亜がいた刃物など見慣れてない人間ばかりの世界では、”刀”にしか見えないだろう。だが、この世界の刀剣類はそれが主力武器な故に発達進化を遂げていた。長剣などはその名の通り長大な長さを誇っていた。騎士達が持つ長剣の刃渡りは八十センチ近くある。
そしてあのオークの持つ両手剣は…。
(恐らく一メートルを優に超えている…リーチの差が大きすぎるし、しかもあいつは、あの馬鹿でかい剣を自在に取り扱えている…流石はオークのリーダーたる所以だ。舐めてはかかれない)
”素早く近づき、”力”を使って素早く仕留める” その為にはオークの両手剣を掻い潜り、この短剣が届く距離まで近づかないとならなかった。
(しっかりとした一撃をぶち込めば、さしものアイツも動けなくなるだろう。そしたら後は止めを刺すだけだ。必ず決める…)
啓亜は身体を丸め、姿勢を低くした前傾姿勢を取る。獲物を狙う猫科の肉食獣のようだった。標的は、例えるなら逞しい体躯と鋭い角を持つ水牛といったところだ。油断は出来ない。強烈な反撃を喰らえばひとたまりもないだろう。啓亜はゆっくりと円を描くように左に廻る。
両手で剣を構える右利きの奴にとっては、右から攻められると攻めも受けもやりずらいはずだ。それが例え自在に剣を扱う手練れのオークのリーダーにとっても。
(コンマの余裕でも良いんだ。それがこちらの余裕に繋がる。”力”は一回しか使いたくない。慎重に…そして大胆に行く…)
こちらの左廻りの動きに合わせて、オークは自分の身体を右に廻し続け、啓亜を自分の正面に置く形を取り続けた。これは当然の反応だ。啓亜はそれについては気にしなかった。
(盾を捨てたからには、奴の攻撃は受けることが出来ない。先手を打って懐に飛び込んだ方が良いのか? それとも”力”使って、奴の攻撃の隙を突いて攻撃するのが良いのか…ここはやはり…)啓亜は何度も同じ事を考えた。
ほんの一瞬の間。二人の間に緊張が高まる。啓亜が先に仕掛けた。右に廻り込みながらタイミングを計って一気に距離を詰める。オークは剣を持った手首を返して素早く反応する…
(ここだッ!!)
啓亜はその場で急停止した。オークの繰り出した狙い澄ました剣撃。その剣先が鼻先を掠すめる。それを確認した瞬間、大地を蹴った。サッカーやラグビーなどでよく使われる『ストップ&ゴー』のフェイントだ。
オークのリーダーの反応は鋭敏だ。その研ぎ澄まされた反射神経を逆手に取った作戦だった。その目論見は的中した。彼の構えは一瞬、完全に崩された。
だが攻撃を空振りした後のリカバリーは並みのオークの比ではない。恐ろしいほどの速さで剣先を返しながら自らの体勢を立て直し始める。
(今だ!)心臓が強く跳ねる。
啓亜は絶妙のタイミングで心の中で叫んだ。
(”止まれっ!”)
『三』
同時に、頭の中で女性の囁きが響き渡った。