決戦 2
啓亜にとっての初めての戦いは、バス事故の直後に、この世界に飛ばされた地、”エリオットの荒地”から王国首都に向かう道中だった。
その道すがらに兵士崩れの野盗に絡まれ、金品をねだられてそれを拒否したところ、戦いが始まった(そもそも金品なんて持っていなかった。それを知った野盗は抜き身の青玉の剣を奪おうとした。啓亜にとって、それは絶対に拒否すべき要求だった)
剣術のスキルを与えられていた(誰がくれたのかは知らないが)啓亜は、怒り狂った野盗の攻撃に対して”青玉の短剣”を使い、それなりに対応することが出来た。ただ、まだまだ自分のものとして扱うことは出来なかった。何と言ってもリアルな剣撃戦など、啓亜にとって生まれて初めてであるからそれは当然と言えば当然だった。
一度、非常に危険な瞬間があった。啓亜は思わず心の中で、ある言葉を叫んだ。その時不思議な事が起き、同時に頭の中で
『五』
と囁く女性の声が聞こえた。
思い違い?気のせい?それとも本当にあったのか?
啓亜はその現象に驚きながらも、そのおかげで野盗の攻撃を防ぐことが出来た。そして、暫くして野盗を仕留める絶好の瞬間が訪れた。
またもや啓亜は心の中で無意識に、さっきと同じフレーズを叫んだ。次の瞬間、再び同じ現象が出現し、頭の中に
『四』
と囁く声が響いた。その声を気にせず啓亜は渾身の一撃を加えて、野盗を仕留めることが出来た。
倒れ伏す野盗を見下ろしながら、啓亜はこれが偶然の出来事ではないと確信した。”魔法の短剣”、”巧みな剣の腕前”。そしてある特定のフレーズを叫ぶと発動する”不思議な現象”。この世界に飛ばされたときに手に入れた三つの力。
(おもしろいじゃん。俺をこの世界に飛ばした奴?神?力?なんだっていいや。”そいつ”は、この三つの力を使って何をさせようとしてるんだ?世界征服か?それも面白いかもな…)
啓亜はそう思いながらも、不思議な現象が起きた時、頭の中に響いた女性の声を思い出した。最初は『五』、次は『四』…つまり…
(たぶん全部で五回使えるって事なんだろう。使用回数を教えてくれるのか。サービスいいな。…こいつを殺すのに二回使ったから、あと三回使えるって事か?…いや、それとも残り四回って意味か?ま、こういうのって大体奇数回ってのが多い…六回ってのは違う気がするな…全部で五回使用できて、残り三回って思っておこうか)
野盗の死体を見下ろしながら啓亜は考え続けていた。はっきり憶えていないが、前の世界で自分は恐らくバス事故に遭遇し、しかも状況からしてバスの前面ガラスに叩きつけられた可能性が高い。よくて大ケガ。たぶん死んでいてもおかしくないはずだ。
それだけでも大事なのに、気が付いたら見たことも無い世界に飛ばされた啓亜。そしていきなり野盗に襲われ、そいつを殺した…。
事情はともあれ殺人を犯したというのに、恐ろしく冷静だった。普通の人間なら取り乱してしまって当然の筈なのに。
(俺は…ほんのちょっと前までは、ただの高校生だったんだぞ?そして死んでもおかしくない事故にあったのに五体満足で生きている…しかも、生まれて初めて殺人を犯した…。それなのに、なんでこんなに冷静なんだ?)啓亜は一瞬考えた。だが、すぐに考えるのは止めた。
(こんなもん、考えても答えが出ない類の話だ。どうせ答えなんて出やしない。それよりもこの世界で生き延びることが重要だ)
高校二年生にして恐ろしく冷静だった。いくら何でも冷静過ぎた。不自然でもあったが、啓亜はそれには自分自身気が付いてなかった。自己評価が異常に高い啓亜は、この状況に動じない自分が嬉しかった。
(やっぱ俺、スゲーな。全然動じてない。この世界が夢なのか現実なのかは知らないけど…楽しませてもらおうか。この三つの力があれば、相当楽しめそうだしな)
啓亜は異常なほどのスピードで、自分自身の”思考”と”思い”の切り替えに成功した。