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決戦

 (くっそ…ユーハーソンの馬鹿のおかげで、こっちは戦わないといけない羽目になったじゃねーか…このオークのリーダーをぶち殺したら、ユーハーソンの奴もついでにぶっ殺してやる)

 啓亜は怒りに震えながら、一瞬振り返ってユーハーソンを窺う。剣を抜いてこちらを硬い表情で見つめるユーハーソン。緊張で大きく目を見開いているその顔には、何か言いたげな表情を張り付かせていた。

 

 ”期待”と”疑念”

 

 その表情を見た瞬間、啓亜はこの二つの感情を瞬時に読み取った。”期待”は分かるが…”疑念”…?

 

(俺の振る舞いに問題は無かったはずだが…バレたのか?奴は俺が逃げると疑っていたのか?俺が隙を見せた?それとも、ユーハーソンの勘が良いのか?)


 啓亜にとって、どちらが正解かは分からなかった。それは、後からでも良い。今はなし崩し的に始まったオークのリーダーとの一騎打ちに勝たないと、その謎が判明する前に、この世から永遠の別れになるだろう。

 

 (流石に、ここで死んだからと言って、再び別の世界に飛ばされるって事は無いだろう…俺にとっては、ここが最後の命であり、生きていく世界だ)

 

 啓亜は今回の異世界転移を受け入れ、この世界で順応しつつも、何故、この世界に飛ばされたのか考え続けていた。もちろん答えなんて出ない。ただ、何となく、この転移が”最初で最後である”という確信めいたものは持っていた。

 

 (剣と魔法の世界の次は、ビームと宇宙船の世界ってか?それとも元の世界に戻れる?…いや、そんな事はないだろう。なんとなく分かる…ここが俺のついの世界だ。それ以降は無い)

 

 だからこそ、この戦いで敗色が濃くなったと判断するや否や、恥も外聞もなく逃げ出そうとしたのだ。トラブルからはいち早く距離を置く。勝利側に乗っかる。手柄は取るが責任は取らない。

 

 これが、幼少からの啓亜のモットーだった。それを自覚無く、無意識にやっていた。なのでその行動が、倫理的道徳的にどうだとかと言った事も、気にした事は無かった。否、『気にしなければならない』という意識自体、彼の心から欠落していた。

 

 それで今までは上手く立ち回ってきた。新しい世界に飛ばされてもなお、その行動原理は健在で、しかもうまく機能していた。むしろ絶好調と言ってもよかったくらいに。

 だが、ここに来て啓亜は、自分自身の作戦指導の責任を取る羽目になった。払うべき代償は『自分か、敵の命』だ。文字通り『自分の職責を自分の命で果たす』状況に陥ってしまった。

 

 (冗談じゃねぇ…俺のせいじゃねぇんだよ。悪いのはジョナスのデブと、ここに来て俺をここに押し出したユーハーソンのせいだ…どいつもこいつも俺に頼りやがってふざけんじゃねーぞ)

 

 眼前にオークのリーダーが迫っていても、啓亜じゃグズグズとそんなことを思っていた。この世界に来てからの称賛と名誉は当然の事として受け取っていた。 だが、それとは一転して危機に陥った時には、逆の対価というべき、『責任を取る』『事実上の指揮官として職務を全うする』という、当然の責務と義務を果たすという事は考えもしなかった。そういうのは”誰かが”取ればいい。少なくとも俺じゃない。

 

 そういったふんぎりの悪さも、啓亜の意図とは無関係に打ち切らないといけなかった。オークが両手剣を構えると、一歩大きく踏み込んできたからだ。

 

 (……!!)

 

 啓亜は瞬間的に盾を構える。当たり負けしないように、大きく左足を前に踏み出し身体を低くして前傾姿勢取った。その刹那、盾に両手剣が叩きつけられた。

 啓亜は、オークの体勢を崩そうと下から身体を一気に押し上げる。右半身をひねって、畳んだ右腕に持つ魔剣を突き上げるようにして、オークの左脇腹を狙う。一撃でも加えれば奴の動きは止まる。

 

 啓亜の身体に猛烈な衝撃が走る。前からの強烈な圧力で攻撃するどころか、後ろによろめいた。啓亜の盾によって防がれた両手剣。オークはそのまま腕の力で啓亜を突き飛ばしたのだ。

 

 (くっそ…脳筋の馬鹿力がっ…!)

 

 そう思いながら、盾の陰からオークを見てギョッとした。奴は姿勢を低くして剣を地を這うくらいの高さで降り抜こうとしていた。盾持ちに対する定番の下段攻撃だ。

 瞬間、啓亜はよろめいた体を気にすることなく、かかとで大地を蹴った。後ろに飛ばされた勢いを加速させる為だ。体勢がさらに崩れるので仰向けに転倒する危険があったが、テニスで鍛えた運動神経と、この世界に来た時に知らないうちに身に付いていた剣術のスキルと身体能力が、転倒はおろかしゃがみ込む事も無いように彼の身体をコントロールした。

 

 奴の攻撃をすんでのところで躱すことが出来た。しかし、ほんの一秒前に啓亜が立っていた場所を、正確に制御された両手剣が、勢いよく通過したのを見て啓亜は戦慄した。

 

 (両足を飛ばされるところだった…やっぱり手練れだ。リーダーなだけあるな。魔剣の恐怖を感じてないってことはないはずだから…奴の集中力か…。とにかく奴の攻撃を喰らったら終わりだ…)

 

 逃げたくても逃げられない状況。啓亜がこの場を切り抜けるのは、このオークのリーダーを倒すしかない。

 

 啓亜はここに来て初めて『覚悟』を決めた。(こんなとこで死ねない…俺はこの世界の…いや、まずはこの王国の王になってやろうと思っていたんだ。…それについては、ちょっと厳しくなってきたが…とにかく!…とにかくだっ!、少なくともこんなとこで豚に殺されてたまるか!それだけは確かだ! 豚の隊長、お前をぶち殺してやるよ!)

 

 今度は啓亜から仕掛けた。距離を詰めながら盾をかざすと反撃に備える。奴がセオリー通りに攻撃を飛ばしてきた瞬間、盾で受けつつ、その攻撃に逆らわずに脇を締めながら滑らせるように引き込んだ。同時に半身の姿勢で回り込むようにして、左側面の位置取りに成功すると奴の懐を狙う。

 

 魔剣を握りしめ腰だめに構える。剣を流された勢いで、奴の身体が少し流れている。剣を振り抜いた態勢のままだ。右の脇腹が無防備に晒されている。

 

 (もらった!)

 

 啓亜が夢中で短剣を突き出そうとした時、オークの身体が急接近した。啓亜の視界を緑の身体でいっぱいになった。間に合わないと判断したオークが咄嗟に体当たりを仕掛けたのだ。

 

 強い衝撃と足が地面を離れる感覚。オークと人間の体格差。いかんともし難かった。啓亜は自分の尻が地面に付く感触があった瞬間、体を丸めてそのまま後転して転倒の勢いを殺すと、そのまま直ぐに起き上がった。

 

 すかさず盾を構える。オークの追撃に備えるためだ。だが奴は追ってきてなかった。崩れた体勢を素早く立て直して連続攻撃を繰り出すオークのリーダー。啓亜を吹っ飛ばしたのなら、追い討ちの絶好の機会の筈だ。

 

 (…? なぜ追撃してこなかった?…もしや?)

 

 注意深くオークの様子を窺う。さっきの攻撃でオークにダメージは与えることは出来なかった。

 

 (それなのに、アイツ…一撃を喰らったみたいな顔をしてるな…そうか…青玉の剣の魔力が効いたのか。さっきはこの剣と奴の身体が、スレスレまで近づいたからな。肉体はともかく、近づいただけでも精神的なダメージを与えられるのか)

 

 啓亜は心の中でほくそ笑んだ。(この戦い勝てるぞ…間違いない。あいつの動きはハッタリなんかじゃない。だが、精神力でかろうじて青玉の剣の恐怖を抑え込んでいるだけだ。さっさと決着をつけるか…俺が、この世界に飛ばされたときに身に付いていた”剣術”と、もうひとつの”とっておきの力”を使うときが

来た…)

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