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逡巡

 (うぜーな。どいつもこいつもぎゃぁぎゃぁと。そんなに一騎打ちがしたいならユーハーソン、おめーがやれよ)

 啓亜はやり場のない怒りに満ち溢れていた。彼の心の中には既に”戦う”という意思は消え失せていた。そのため、敵味方全員が気づいていた『討伐隊最後の逆転の機会』を啓亜自身が気が付いていなかった。

 

 狡猾な結論を導き出す事に特化した啓亜の思考回路。最後の最後で”自己保身の徹底”という結論を出してしまったため、唯一の逆転の芽を自ら手放してしまっていた。

 

 啓亜は”百人隊長”と一騎打ちする気など無かった。このまま乱戦に持ち込みたかった。そしてその混乱のさなかに逃げ出す事しか考えていなかった。

 

 「おい、第一歩兵総隊!騎士団!これから全員で突撃だ!俺が先頭を切る。この青玉の剣があれば怖いモンなんて無い!いいか!?皆付いて来い!」

 そう叫ぶと皆の答えを待った。いつもなら、打てば響くような返答が聞こえてくるはずが…返答がない。

 

 「なんだ?お前ら?突撃って言ってるんだぞ?!」啓亜が叫べど、兵士たちは、どこか頑固な表情で啓亜の顔を見つめるばかりだ。

 

 啓亜が逃げ出す事に固執しているのであれば、兵士達(特に歩兵達)もまた”一騎打ち”に固執していた。一騎打ちをしてケーア様が勝利すれば、オークの士気はガタ落ちで、兵士達の戦いはグッと楽になる。歩兵達が一方的に好き放題できる”残党狩りだ”。だが、いまオークどもに突撃を掛ければ、魔剣に怯えていて本来の実力が出せないにしても、彼らは捨て身の戦いを挑んでくるだろう…それは困る…そんな事になったら。

 

 

 

 死んでしまうかもしれない。

 

 

 

 

 歩兵達もまた、この戦い最後の逆転の機会を”一騎打ち”にある。と固く信じこんでしまっていた。そして戦いの推移によっては、その中には”自分の命”という貴重な要素が内包されているため、ますます頑なになっていた。

 だから『ケーア様ならなんとかしてくれる』そういった他力本願な気持ちが歩兵達の間に強く、濃く流れていた。

 

 討伐隊の精鋭、騎士団は少し違った考えだった。彼らは彼らなりの『騎士道精神』に縛られてしまっていた。

 

 ”こちらの指揮官と敵の指揮官の一騎打ちとは、これ以上ない高貴な戦いである。挑んできた者に対しては敬意を持って迎え、挑まれた者はこれを拒否することなく応ずるべきである”

 

 立派な精神ではあった。戦いの中にロマンを求めていると言ってしまえばそれまでであるが、彼らは普段は”豚ども”と嘲っていたオークに対しても、一騎打ちを求める”百人隊長”の姿には敬意を払った対応をした。

 

 つまり彼の動きを妨げる事無く静観したのである。ユーハーソン、騎士、歩兵…職種は違う兵士達、彼らの思惑には少しづつ違いがあった。だが共通すべき一念があった。

 

 『一騎打ちをして下さい。そしてこの戦況を逆転してくださいケーア様』

 

 この一念は確固たる強さを持って、啓亜が発する命令すら凌駕していた。

 

 

 

 (くっそ…本当に使えねー奴らだな。このままだと一騎打ちする羽目になる。…一騎打ちか…あのオークは強そうだが負けはしないだろう…いや、だが俺はもうリスクは犯したくない。…やはり、俺は戦わねーよ)

 

 啓亜の心情を表すかのように重心が後ろに下がる。ほんのかすかな動き。だが、彼の行動を注視していたユーハーソンは、その動作に敏感に反応した。

 

 (ケーア様…やはり戦わないおつもりか?)

 「なりませぬ!ケーア様!お願いです!」小さく鋭く囁くと、反射的に自分の腰で啓亜の腰を押し返した。

 

 啓亜が全く予想していなかったユーハーソンの動きに虚を突かれ、バランスを崩してそのまま前にまろび出る。そう、”百人隊長”が待ち構える、両隊が睨みあう空間だ。

 

 その瞬間、討伐隊から大きな歓声が沸き起こる。「一騎打ちだ!」「ケーア様!」という大きな声に続き、オークを威嚇するかのように盾と剣を打ち鳴らす。

 

 (まじか…なんてことしやがる…!…ユーハーソンのクソ野郎がっ! 俺は戦う気なんてねーんだよ)

 そう思いながら、後ろを振り返ってユーハーソンを睨もうとしたが、視界の端に”百人隊長”が迫ってくるのを見えたのに気が付き、慌てて顔を正面に向ける。

 

 オークのリーダー。筋骨隆々だが、全体的にシャープな身体つきだ。軽量級の筋肉体型の力士か、階級が重めのレスリング選手を思わせた。

 

 (…ち。めんどくさそうな相手だ…力もあるがスピードも兼ね備えてそうだ…奴の表情…青玉の剣の呪いによる恐怖も、なんとか抑え込める精神力もあるのか…さすがリーダーだな)

 啓亜は、一瞬、ユーハーソンへの怒りも忘れて、”百人隊長”を注意深く観察した。その洞察はほぼ当たっていた。侮りがたい敵。”百人隊長”は正にその通りだった。

 

 だが、啓亜は気が付いていなかった。”百人隊長”を自分が一度倒した敵であると言う事に。自らの手でオークの強敵を何度も倒してきた啓亜。顔つきも身体つきも似たようなオークの一人一人を覚えているわけもなかった。

 

 だから、”百人隊長”の事も、『舐めてはいけない強敵』としか認識していなかった。”百人隊長”が『自分の命を絶った仇敵を、自らの手で屠る』という、強力な意志に突き動かされて向かっていることに。

 そして、その肉体には”前の世界”で、自分がイジメの対象にしていた、南條英俊の心が同居し、”百人隊長”と同じくらいの敵愾心を持って、啓亜を見つめている事も。

 

 

 

 知りようがなかった。

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