交差する思惑
(そうだよ…あの無能なジョナス騎士団長のせいで…結局は最後の最後に苦境に陥ったんだよ…)啓亜は心の中でジョナス騎士団長と現状に対して毒を吐いた。
(陣形は整えた…だが討伐隊の半分は逃走した…兵力は五分五分…主力の重装歩兵は、この狭小な隘路では実力を発揮できない…騎兵だってそうだ…機動力は半減だ…体力と勢いに勝るオークの攻撃を跳ね返せない)
「……だからこそです!」
「…えっ?!」
ユーハーソンの叫び声。啓亜の心を読んだかのような言葉にぎょっとしながら、彼の顔を見る。
「ケーア様!このままでは我が隊は全滅です!だからこそです!…だからこそ、奴との一騎打ちに応じてください!この一騎打ちに勝てば、奴らの士気はガタ落ちで、それをきっかけに逆転勝利もあり得ます!」
(馬鹿言ってんじゃねーよ。もう無理なんだよ。俺はこの魔剣を振り回してオーク達の陣形を乱して乱戦に持ち込む。そしてどさくさに紛れてこの場からオサラバするんだよ)
啓亜は陣形を確認するふりをして後ろを見る。啓亜とユーハーソン、騎士、騎兵達が乗り捨てた騎馬を確認した。従兵達が手綱を曳いて、馬を一か所に集めているのが見える。
(いったん先頭で剣を振り回す…乱戦になったら少しづつ後ろに下がって、あの場所まで行く…そして馬…この際、どの馬でも良い…それに乗って斜面伝いに馬を走らせて谷を抜けて脱出してやる…ユーハーソン…悪いがこれが俺の計画だ)
◇
ユーハーソンはケーア様の横顔を凝視していた。厳しい表情。戦況が戦況だ。仕方がない。だが、ユーハーソンは気が付いていた。ケーア様の目まぐるしく動く”眼の表情”に。
眼は口ほどに物を言う
この諺は、この世界にも存在した。類まれなる剣術。整った顔に魅力的な笑顔。人々の心を掴む言葉を紡ぎだす、少し薄いが形の良い唇。国王も王国民も、そんな彼に魅了されていた。もちろんユーハーソン自身も。
だが、ケーア様は先ほどから少し様子が変だった。狡猾に動く眼、酷薄そうな表情…
(ケーア様…あの”眼の色”…何を考えているんだ…まさか…なにか良からぬことを考えているのではないか…?)
まさかケーア様が…ユーハーソンはその考えを頭から振り払おうとした。王国の苦境を救うべく、神が遣わしこの地に降臨したケーア様。そんな彼が我々を見捨てる訳はない。最後までお導きして下さるはずだ…。
(だが…)
ユーハーソンの頭から、討伐隊中央へ向かう際のケーア様の表情が忘れられなかった。狡猾さを剥き出しにして、何かを企むような表情。ケーア様があんな表情をするのを初めて見た。
(あの表情は、”オークを殲滅してやろう””この窮地を何とかしよう”って表情だったか?…いや、違う…なんか、もっと、こう…)
その時、ケーア様が後ろを振り返った。後の陣形を確認するような仕草。ユーハーソンも思わず一緒に後ろを振り返り、ケーア様の視線を追った。ケーア様の視線が、一瞬、ある場所に固定される。そしてそれはすぐに外され、後ろに控えている隊列を観察する。
(馬…?乗り捨てられた馬を…軍馬を見た?)
馬がどうなったか確認すること自体、おかしなことではない。自分達は騎士。つまりは騎乗して戦う職業だ。ケーア様も基本的には乗馬して馬上から指揮を執り戦う。だから大切な馬がどうなっているか確認する事はおかしなことではない。
(だけど、さっきのあの表情が気になる。そして馬のいる位置を確認した…これってもしかして?)
ユーハーソンの心の中に不吉な考えが黒雲のように湧き出てきた。考えたくも無いようなおぞましい予感。
(まさか…ケーア様は…ここから逃げようとしているのか?…しかも俺たちを置いて…)
いや、まさか。ユーハーソンはその考えを否定しようとした。そんなはずあるまい。自分はこの状況下で、訳の分からない妄想に取りつかれているだけだ。
(ダメだ。やめろ。”無能な指揮官は数少ない材料に飛びつき、余りにも容易く断定する”と士官学校の教育隊隊長も言っていた。短絡的な判断は隊全体の崩壊に繋がる。俺の考えが間違いだ。何の確証も無い。ケーア様を信じるべきだ)
ユーハーソンは、喉元にせりあがってくるような黒い不安と疑念を呑み込もうとした。だが、その疑念は益々膨れ上がって、ユーハーソンの身体の中で暴れ始めた。
(ケーア様…我々はオークの言葉は分からない。向こうもそうだろう。だが、奴らはケーア様の言葉に何かを感じ取り…一騎打ちを受けて立った。ここでケーア様が応じなければ、隊の士気にかかわります…どうか一騎打ちに応じてください…!)
ユーハーソンは祈るような気持ちでケーア様に眼をやった。
◇
『なんだ…?奴は一騎打ちをしようとしたのではないか? おぬし…奴の言葉が理解できるのだろう? 奴は何と言っていたのだ?』”百人隊長”は心の中で、英俊に尋ねる。
『間違いない…啓亜は確かに”一騎打ちをしてやろうか?”と叫んだ。…なのに、出てこない…罠なのか?』
『いや、周りの兵を見てみろ。我が進み出ても攻撃する素振りは一切見せない。”一騎打ちが始まるから手を出さない”と決めているようではないか。間違いない。奴は確かに一騎打ちを申し出た。怖気づいたのか?そんな感じには見えないが』
”百人隊長”はゆっくり歩を進める。魔剣の呪いのせいで、相変わらず心臓は激しく脈打っている。筋肉もまた魔剣の呪いと闘志の高揚がないまぜになった、不思議な緊張感で張りつめている。
強力な意志の力で恐怖を抑え込み、強い闘志を持って”百人隊長”は討伐隊とオークの隊列が睨みあう空間に歩み出た。眼前には魔剣を構えた啓亜が、薄笑いを浮かべてこちらを見ている。”百人隊長”はその眼を射抜くように睨み返した。
”百人隊長”は、啓亜に向かって吠えた。早く前に出て戦えと言わんばかりに。緊張で青白くなった表情の啓亜。軽薄な顔に、こわばった薄笑いを貼り付けた表情は変わらない。そして、”百人隊長”の呼びかけにも、その表情を保ったまま何の反応もしなかった。
『どうなっているんだ?奴は?時間稼ぎなのか?』
『時間を稼ぐ意味はないと思う…じゃあ啓亜は、一体何を考えているんだ?』英俊も答えを出しあぐねた。
(何を企んでいるんだ?深馬啓亜…アイツは策略を練るのが得意だ。何か”取っておき”でも残しているのか?…増援が来るのか?…そのための時間稼ぎか?…いや…そんなはずは…)
流石の英俊も、なぜ啓亜が一騎打ちに応じないか理解できなかった。確かに一騎打ちはリスクがある。ただ、奴には青玉の剣という、この戦いを圧倒的に有利に出来る武器を持っている。そして”百人隊長”が経験した戦いのヴィジョンを観た時も、彼は巧みに剣を操っていた。剣術の腕前も相当なモノだ。
”百人隊長”も剣の腕前は卓越している。だが、魔剣とあの剣術を持ってすれば、戦いを相当優位に進められるだろう。もし、こちらの指揮官を倒せば、オークの士気は一気に落ちるだろう。戦いもひっくり返せるかもしれない。
(なのに…なぜ?)
リスクを取るのを嫌がる啓亜の性格を熟知している英俊だが、啓亜にとって圧倒的に分の良い賭けに乗らないのが不思議でたまらなかった。
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