魔剣
『…やはりあやつは…”鷹の舞う地”で、我を斬った奴だ…』
”百人隊長”は啓亜の姿を見て確信した。最初に彼の姿を目で捉えた時、彼よりも彼が持っている魔剣に眼が吸い寄せられ、一度は自分を殺した仇敵であると気が付かなかった。
『…奴といつも一緒にいる若い女性の戦士も居なかったしな…』討伐隊との闘いで、戦場を駆ける若き戦士ケーア。彼の横には、若い女性戦士が常に付き従っていた。
今、ケーアの側には、その女性戦士の姿が無い。そのせいで、”百人隊長”は、一瞬、自分を殺した敵を把握することが出来なかった。
だが、今は違う。
”百人隊長”は最後の戦い…自分の最後でもある”鷹の舞う地”での戦いが鮮明に心に蘇るのを感じた。
自分の隊が全滅寸前にまで追い込まれ、せめてリーダーの首だけでも取ってやろうと強引に敵陣に突っ込み、もう少しという所でケーアの剣によって貫かれた自分の事を。
最後に見たケーアと女性戦士の、人を見下すような冷酷で酷薄な冷たい笑いを浮かべた顔を。
『完全に思い出した』
その瞬間、自分の心に凄まじい闘志が湧き上がり、全身の筋肉に力が漲るのを感じた。
自分の相棒ともいえる両手剣を見る。その時、隊長の証でもある鉄製の籠手に描かれた”獅子と蛇”の線画が赤く光っていることに気が付いた。
『神もこの戦いに挑もうとしている。神は我を見ている!』”百人隊長”は、両手剣を握りしめ一歩、また一歩とケーアへと近づく。”魔剣”に対する恐怖心は消えない。だが、湧き出る闘志が、その恐怖心を少し抑えてくれた。
『さあ出てこい!勝負しろ!ケーアとやら!』
”百人隊長”はケーアを睨みつけた。
◇
(ち…逃げると思っていたのに向かってきやがった…なんか面倒くさい事になってきたな)
啓亜は、”百人隊長”を見ながら心の中で毒づいた。ひときわ逞しい体躯の…リーダーと思われるオークがこちらを睨みつけながら歩み寄ってくるのが見えた。
(張り切ってんじゃねーよ。豚が…このままだと、俺の思惑とは違う方向に進むじゃねーか)啓亜は舌打ちしたい気分だった。
この世界に飛ばされた時に拾った刀身が青白く光る短剣。啓亜はこの短剣が他とは違うものだと言う事はすぐに判ったが、最初、どういうものか分からなった。
だが、城に出入り出来るようになったある日、腰に挿していたその短剣を、王宮魔術師に見とがめられた。
「ケーア様…その短剣をどこで…?」畏怖と好奇心がないまぜになった表情。
「”エリオットの荒地”で見つけた…魔法の剣だと思うが」信頼できる博学な王宮魔術師に対しては、啓亜も少し口調が丁寧だった。
「なぜ…そんなところに…その短剣…恐らく…いや、そんなはずは…良ければ抜いてみては下さらぬか?」王宮魔術師の口調は緊張している。
「分かった。いいぞ」少しただならぬ雰囲気を感じて、啓亜はマントで隠すようにしながら短剣を抜いた。マントで出来た影。魔剣はより一層、青白く輝いた。
「…やはり…”青玉の短剣”…強大なる魔力を持つ、黒魔術師ヴェホラ様の神具と言われ…ヴェホラ様と消え去ったはずの魔剣が、なぜケーア様の手元に…」
王宮魔術師の表情は引き攣っていた。神秘的なモノと対面した時に見せる典型的な表情だった。
「その剣を身に付けてらしゃる…これもケーア様が、我らの信じる神”アイギナ様”が遣わした…”神の使者”である証拠…」王宮魔術師の声は緊張で途切れ途切れだった。
「この剣には王国を救う特別な力があるからな」啓亜は、この剣の効果を知りたくて、さりげなく”かま”を掛けた。
「その通りでございます!この”青玉の剣”には、豚…いや失礼、オーク達を怯えさせ、剣の破壊力を倍増させる力がございますから!その魔剣に触れたオークは、たとえそれがかすり傷でも、凄まじい痛みと恐怖が奴らを覆うでしょう!!!」
この剣の効果を知らないとは思いもよらない王宮魔術師は、ペラペラと剣の効果を教えてくれた。
(なるほど…俺が”前の世界”で遊んでたRPGのオークスレイヤーみたいなもんか…)啓亜は英俊と同じことを考え、そして納得した。
「この魔法の短剣は、それほどまでに強力な武具なのか?」
「ええ。普通の者では手にしただけで、その魔力で自分自身を見失ってしまいまうと言われております!」
王宮魔術師は震え声で囁く。
(『その剣を身に付けてらしゃる…これもケーア様が、我らの信じる神”アイギナ様”が遣わした…”神の使者”である証拠…』)啓亜は王宮魔術師の震え声を思い出した。
「そうか…この短剣にはオークを破滅させ、人間をも狂わす魔力が封じ込められているのか…使い勝手が良いのか悪いのか分からない…そう、まさに”魔剣”だな」
「いえいえ! ”使い手を選ぶ剣”と考えて頂ければ良いのです!そして、ケーア様は、その”選ばれし者”なのです!」王宮魔術師は本気で言ったのだろうが、その言葉はおべんちゃらにしか聞こえなかった。
「そうか…それで、そのヴェホラという魔術師は、どこにいるんだ?」彼のおべんちゃらは無視して、啓亜は更に問い掛けた。
「それは…」王宮魔術師の顔が急にこわばる。さっきとは違う意味の緊張に満ちた表情。目の玉が飛び出しそうだ。彼は何かを隠している。
「何かあったのか?」
「いっ、いえ…ケーア様が気になさるような事は何もございません…王国魔術界隈で…その…”ちょっとした事”がありまして…ヴェホラ様は王国を出奔されました。恐らくもう王国には居ないと思われますが」
(全然、”ちょっとした事”じゃないだろう。その狼狽ぶり)
啓亜は興味を掻き立てられた。強力な力を持つ黒魔術師ヴェホラ。そいつは王国で何かをしでかして、それが原因で姿を消した。それも。王宮魔術師の表情からすると、かなりの出来事だ。
「詳しく教えてくれないか?」啓亜が王宮魔術師に問い掛ける。
「そ、それは…」彼の表情が更に硬くなる。緊張で目の玉が更に飛び出る。眼窩から飛び出して床に転がり落ちそうだ。
「ケーア様。オーク討伐に関する会議が間もなく始まります。国王も会議室に向かっているそうです。そろそろ…」
背後から声がする。ケーアはマントの陰で素早く短剣を鞘に戻すと、即座に笑顔を浮かべながら振り返った。
「そうか、もうそんな時間か」ケーアの後ろ。少し距離を置いた場所に、騎士であり騎兵隊分隊長のクーンツが従兵と共に控えていた。
「分かった。すまない。行こうか」ケーアは王宮魔術師の方をチラリと見て、「いろいろありがとう」と一言声をかけた。ケーアから解放されたのが分かった彼は、あからさまにほっとした顔に戻る。飛び出しそうになっていた目玉も、顔面のしかるべき場所に収まっていた。
(大きな組織だし色々あるんだろうけど…この魔剣と、それを作ったヴェホラとかいう黒魔術師の件は、いろいろと曰くがありそうだな。一度調べてみないと)
そう考えながら、クーンツの顔を見て頼んでいた事を思い出した。「そうだクーンツ。根回しを頼んでいた、”魔術戦団”から一個分隊を討伐隊に編入させるって要望はどうなりそうだ?」
「それが、『オーク討伐ごときに魔術師を出せない』という声が多く…」
「やはり無理か」
「申し訳ございません…かなり粘ったのですが…」
「そうか、まあ王国軍司令部の言いたい事も分かる。魔術師の援護があれば、この戦いは相当楽になるのだが仕方あるまい」
「お力になれず申し訳ございません」
「いや、気にするな」
啓亜が飛ばされたこの世界には魔法が存在する。いわゆる『剣と魔法の世界』だ。
ただ、魔法は一部の”才能”と”魔法に適合した体質”のある者でないと発動させることが出来ず、相対的に魔術師の存在は貴重だった。
そのため”魔術師”からなる”魔術戦団”や、剣術のエキスパートでありながら一部の魔法をも操る”魔法剣士”から編成される”魔法兵団”は、ハーシュ王国に限らずどの国も”虎の子の戦力”として常に温存される傾向にあった。
(そら…まぁ分かるよ。豚討伐ごときにエリート部隊は出せないよな)
啓亜はその点は納得していた。だからその点については不満はなかった。逆に、魔術師の強力な火力や防御魔法無しで、オークを絶滅することを目標に定め、それを達成すべく没頭し始めた。
オーク討伐作戦が佳境に入ると啓亜は多忙を極め、黒魔術師ヴェホラと青玉の短剣について調べる時間など全く無くなってしまった。戦いは連戦連勝で、啓亜は勝利の美酒に酔いしれ、ヴェホラと短剣の調査の優先順位は、啓亜の心の中で次第に低くなって行った。
そんなことより、作戦が進むにつれて無視できなくなってきた、”ジョナス騎士団長の『無能な癖に出しゃばってくる迷惑極まりない態度』”に対して激しい不満と怒りが湧き上がり、”彼をどのように扱えばいいか”という事の方が、啓亜の心の中の最優先事項となっていた。
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