対峙
対峙する騎士。彼は騎士御用達の長剣を構え、”百人隊長”の攻撃に備える。それを打倒そうと隙を窺う”百人隊長”。『闘い』と言うものに大分慣れてきた英俊にも、眼前の騎士が手練れだと言う事がはっきり分かった。
それでも”百人隊長”は怯まなかった。剣先を少し揺らして相手を誘うような動作をすると、直後に上段から、騎士に向かって思いっきり剣を振り下ろした。
騎士も素早く反応する。交差する剣と剣。筋力に任せて、そのまま力づくで押し倒そうとする”百人隊長”。
その時、左横から一人の歩兵が飛び出して、鍔迫り合いをしている”百人隊長”に斬りかかろうとした。”百人隊長”の反応は速かった。咄嗟に騎士を一瞬強く押し、すぐさまそのまま一気に身体を後ろに引いた。バランスを崩された騎士が、思わずよろめく。
その騎士には目もくれず、歩兵の攻撃に対応する。剣では受けるのは間に合わない。左腕で歩兵のショートソードの斬撃を受ける。
激しい金属音と共に、隊長の証である籠手にショートソードの刃が当たり彼の攻撃を弾き返す。攻撃が弾かれて剣が流れた歩兵。顔面ががら空きだ。”百人隊長”は歩兵の方に踏み出すと、攻撃を受けた左腕を格闘技の裏拳のように、そのまま振り回すように歩兵の顔面にぶち当てた。
鉄製の防具で覆われた丸太のような剛腕。その一撃を顔面にマトモに食らった歩兵は鼻を折られ、歯を折られ、鼻と口から糸を引くように血を流しながら仰向けに倒れた。
”百人隊長”はすぐさま右を向く。そして両手剣を顔面に構えた。次の瞬間、彼の両手剣に、同じく態勢を立て直した騎士の強烈な一撃が叩き込まれた。
騎士とオーク。顔がくっつかんばかりの凄まじい鍔迫り合いだ。”百人隊長”が向き直った瞬間の一撃。”百人隊長”にとって態勢的に少し不利だった。だから、体型や筋力で劣る人間でも、充分互角に渡り合っていた。
いや、態勢だけではない。騎士の戦いの技術や鍛錬の度合いは、歩兵のそれとは全く違った。そして、士気と闘争心。これが比較にならないほど高かった。
『己の責務を全うする』『何が何でも戦いに勝つ』
もちろんこの気持ちは、『自分達の故郷に一大危機が迫っているオーク達全員』も同様に持っている。なんといっても一族全滅の危機なのだ。そしてその気持ちは、当然、立場の違う討伐隊…人間達よりは遥かに高かった。
だが、騎士とその部下で構成されていた騎士団の士気は、それに負けずとも劣らない強い物だった。その気迫が、彼らの優れた戦闘技術も相まって、英俊らオークの進撃を食い止めているといっても過言では無かった。
この騎士団の奮闘が討伐隊の士気を保っているといっても過言では無かった。
◇
現在、分断面で合流を阻止すべく戦う、”百人隊長”と”殺傷力”を中心とした集団。そして、討伐隊の後ろ半分を殲滅すべく死闘を繰り広げる集団。
分断した討伐隊の後ろ半分の戦力を無効化しないと、戦力差が違い過ぎるオークは敗北する。そして敗北すれば、それはそのまま『オーク一族の全滅』を意味していた。
(時間が掛かると…不利だ…)
”百人隊長”が騎士の剣を押し返そうとして、腕に込められる力の感覚を感じながら、英俊はそんな事を思っていた。同じ体に二つの精神。一人が必死に戦っている横で、現在迫りくる肉体の危機とは違う事を考えるのは、余りにも奇妙な現象に思われた。
英俊はその事に気が付く。余りにも不謹慎という気がして騎士の方へと意識を向ける。兜を被り面貌を引き下ろした騎士。完全武装したその顔面からは表情は窺い知れない。高度に訓練された戦闘技術と鍛えられた身のこなしを持つ鋼鉄の戦士。英俊にはフルアーマーの騎士が、SF映画に出てくるアンドロイドに思えた。
騎士と”百人隊長”の鍔迫り合い。本当は一瞬なのだろうが、英俊には少し長く感じられた。
(どうするんだ?”百人隊長”?…こちらの兵力は討伐隊より少ない。また、歩兵の横槍が入ると危ない…)
そう問いかけたい気持ちで一杯になった。彼の集中力が乱れるのを恐れて言う事は無かったが。
その時だった、英俊や”殺傷力”が支えている集団の背後から、大きな音が聞こえた。
…大きな音 色々な要素の音が、それこそ入り混じって英俊の耳に飛び込んできた。
『奴らが逃げ出したぞ!』
『我らの勝ちだ!』
後ろから発せられたオーク達の心の叫び。そして、嬉しそうなオークの肉声の吠え声。
「逃げるな!」
「戻れ!」
「逃げるなってんだろ! 戦え!」
討伐隊の隊長らしき者たちの激しい叫び声。鋭く交差する呼子の音、狂ったようなラッパの音。
そして…地響きのような音…
(間違いない。後半分の討伐隊が逃げ出したんだ!)
『追ってはならぬぞ…谷の入り口に警戒のために少数のみ配置して、残りの者は速やかに”百人隊長”の元に集合せよ…当初の”さくせん”通りだ…』
その時、”深い水底の魚”の低い声が心に響く。崖の高所から戦況を見守っていた彼が、事前の打ち合わせ通りに、全員に命令を伝えてくれたのだ。
『おーし!”茶狐”!お前、手下を率いて谷の入り口を見張れ!奴らが戻ってきそならすぐに知らせろ!』
『分かった!』
『奴ら全員逃げ出したのか?!』
『全員だ!隊長らしきものも、逃げ出した部下を追って谷を抜けた!』
『分かった!俺たちは合流するぞ!』
『おう!』
飛び交うオーク達の言葉。心の声だが大きく明瞭に、英俊の心の中に響き渡った。その時、鍔迫り合いをしていた騎士が、ふっと身体の力を抜き、後ろに引いた。
余りにもタイミングよく力を抜いたので、さしもの”百人隊長”も虚を突かれて、追撃が出来なかった。騎士はそのまま攻撃を掛けることなく後ろに下がる。
すぐさまその穴を盾を構えた歩兵達が埋める。
(戦況を見て、騎士が後ろに引いた…?歩兵達の動き…陣形を構築した…一気に攻め入るのは危険か?)
同じことをオーク達も思ったのか、一瞬動きを止めてしまった。その僅かな時間を使って、盾を持った歩兵達が盾を綺麗に並べ、その隙間から槍兵が槍を突き出す防御態勢を作り出した。先ほどまでの乱戦時の乱れとは大違いだ。
(一瞬で態勢を整えた…。有能な指揮官がいるのか…もしや…?)
英俊の心の中に嫌な予感がした。
「はっ…豚どもが…小賢しいマネしやがって…お前らは所詮、人間に殺されるやられ役なんだよ。これからお前ら全員ぶっ殺してやる」
(啓亜…やはりお前か)
歩兵の間から、堂々と姿を現した啓亜。美しく手の込んだ装飾がされた鎧に、王国の紋章が刻印された盾。そして手には青白く光る不思議な短剣を抜き放っていた。
流石に緊張からか、顔が少し青ざめていた。それでも整った顔には、いつもの人を小馬鹿にしたような軽薄そうな笑いを浮かべていた。