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動揺

「ケーア様。後方はどうします?」クーンツは思わず尋ねた。前方の攻撃に集中したくても、尻に火が付いている。

「後方部隊は、こちらに集合させる。隊列が乱れている。一旦、陣形を整える。後方は敵の攻撃への防御専念。前方突破へ全力を尽くす」


「承知しました!デュラント!命令曲12番『大鷲の翼の庇護のもと……」



「ケーア……お前の判断が遅いから、俺が命令しといたぞ」


その時、クーンツの指示に被せるように傲慢な声が聞こえた。クーンツは言葉を呑み込んで、声をする方を見る。


騎士団長ジョナスの不機嫌そうな顔が眼に飛び込む。兜の面貌ベンテールを引き上げているので、彼の太った赤ら顔から汗が滴り落ちるのが見えた。


「ジョナス騎士団長……どんな命令を?」ケーア様が驚いた表情を見せる。

「隊列の真ん中の部隊は、どうしていいか分からず右往左往していたぞ……だから……」


(そうだ、長い縦列で討伐隊は谷底に侵入した。そして前方と後方から攻撃を受けた……中央部は遊兵化してしまう……それは確かだが……)クーンツはジョナス騎士団長の言葉を聞き、自軍の長く伸びた縦列を思い出した。


「……だから、いったん引いた方が良いと思って、後方を突破させようと思ってな。中央にいる第二歩兵総隊を後方へ移動させ……」


「バッカ野郎!」


ケーア様が怒鳴った。ここまで声を乱すケーア様を見るのは、クーンツにとって初めてだった。そして、生まれてこのかた罵声など浴びせられた事のないジョナス団長は……驚きでポカンとした顔をした。……そして一瞬後、元々の赤ら顔を、茹で上げた海老のように、更に真っ赤に染め上げた。


「ケーアッ!何と言った!この無礼者がっ!」

「うるさいっ!あんた一体どんな命令出したか自分で分かってるのかっ!」ケーア様もまた憤怒の表情で怒鳴り返す。こちらはジョナス騎士団長と違い、蒼白の表情だ。


ケーア様とジョナス騎士団長……そしてそれを取り巻く各隊長達が集合している指揮官集団。その集団に凍り付いた空気が流れた。その空気……そんな空気になっている場合じゃない。事は急を要する。奴らオーク共が何かを企んでいるのは間違いない。クーンツは一人、必死で頭を働かせる。


(オークの動きに対して、ケーア様は前方を突破して谷を出ようと、先頭集団を前に動かそうとした……それに反してジョナス騎士団長は、中央の主戦力の第二歩兵総隊を後方に動かした……それはつまり……)


その時クーンツは、先刻のケーア様の言葉を思い出した。


(「……オーク主力と思われる部隊が、隊列を組んで迫って参ります!総数は約400~500名!」

「それだけ?少ないな……」 )


そう。そしてケーア様は首を傾げていた。



討伐隊は、オークの残存戦力を約千名と判断していた。そしてそれは、偵察隊や追跡者隊の情報から『ほぼ間違いない』とされていた。


(もしかして……)クーンツはハッとした。


(討伐隊の戦力が前後に分かれてしまった……そして、やつらにはまだ温存した戦力がある……このままだと……)


「隊が分断されてしまうだろうがッ!勝手なことしやがって!」


クーンツが出そうとした答えを、ケーア様が怒鳴る。激しい言葉を連続で投げつけられたジョナス騎士団長は、ケーア様の激情に怯み、怒るのも忘れてたじろいた表情を見せた。


「クーンツ!ウデラ! 攻撃は中止!攻撃は中止!その場で待機。防御を固めろ!奴らの動きに注意しろ。陣形を崩すな。奴らは温存していた兵力で、薄くなった中央部分に攻撃を仕掛けてくる」


ケーア様は、谷の上部中央を睨み付ける。そして直ぐにユーハーソンを見やる。


「ユーハーソン。ついて来い。お前の隊の騎兵も一緒だ。これから隊の中央部に行き、俺が直接指揮を執る」

「ちょ、ちょっと待って!啓亜!あたしも一緒に!」今まで黙ってケーア様の横に付き従っていたユメカ様が焦ったように叫ぶ。

「夢夏、俺は大丈夫。お前はここに居ろ。ここに居る方が安全だ。直ぐに戻る」

「……でも……」いつもは超然とした表情をしているユメカ様の顔つきが強張っている。


(怯えている……?)クーンツは、二人がここまで動揺しているのを初めて見た。


確かに状況は厳しい。マイカ様の気持ちも分かるが、ここで揉めている場合では無い。クーンツは二人の会話に割り込んだ。


「マイカ様。私がマイカ様をお守り致します。ご安心下さい。命に代えてお守り致します」

「ちょっ……ちょっと待ってよ……アンタ……何勝手な事言ってんのよ!」マイカ様が叫ぶ。クーンツは気にせず、ケーア様とマイカ様の馬の間に、自分の馬を割り込ませる。


「クーンツ。頼むぞ」ケーア様がホッとした表情を見せた。その時、恐れていたことが起きた。


「オークが、隊中央部を弓撃!」従兵が叫ぶ。来る。この弓撃が終わったら奴らが突っ込んでくる。隊の中央部分からは混乱した声が上がる。


「クーンツ!聞け!時間が無い!」隊の中央部に顔を巡らせていたクーンツの肩が掴まれた。ケーア様だった。クーンツはハッとする。

「よく聞け!今から言う事をシャルディニーに伝えろ。オークの正面戦力が攻撃を仕掛けてきたら、陣形は『テストゥド』を解いて通常の防御体形で応戦しろ。いいか? この地形では重装歩兵は強みを生かせられない。機動力で振り回されるな。決して釣り出されるな。各個撃破されるだけだ。……そしてこれは忘れずに必ず伝えろ!()()()()()()()()()()()()使()()()。と」


 オーク討伐に絶大な威力を発揮した『ファランクス』。ケーア様は、それを使うなと言った。重装歩兵が再編され、武具が更新されたのも、ケーア様が考案した『ファランクス』という陣形を機能させるためだけと言っても良かった。ケーア様は、それを封印しろという。

 

 (なぜ……? この地形は……この状況は……重装歩兵にとって、そこまで不利なのか?)

 

 いや。質問する時間など無い。クーンツは軍人らしく即答した。

 

 「かしこまりました!シャルディニーに必ず伝えます!」

 「頼んだぞ!」ケーア様は馬を翻す。

 「オーク共が谷から突撃してくるッ!」谷の中腹を監視していた見張りが悲痛な声をあげる。クーンツはその言葉に顔を上げた。

 

 緑色の肌をした屈強なオーク達が、驚くほどの速さで谷を駆け下りてくる。隊を分け、谷の左右両側から突っ込んでくる。

 その動きには迷いは無く俊敏で、人間よりも遥かに発達したその体躯は、強い躍動感に溢れていた。

 

 (200名くらいか……?奴ら、今まで隠れていたのか?あの粗野で粗暴なオーク共が?……一体どうして……?信じられない……なぜそこまで我慢できたんだ?)

 

 そして、ユーハーソンを従え、馬を駆るケーア様の後姿を見つめる。その後ろ姿には、ケーア様が見せた事の無い感情が滲み出ていた。

 

 『焦燥』

 

 

 その後ろ姿から視線を外し、横にいるマイカ様を見る。彼女の強張った表情もまた、或る感情を滲ませていた。

 

 

 『憂慮』

 

 

 (ケーア様もマイカ様も『無敵』では無かった。……でも、だからと言って二人に対して失望など無い。皆同じだ。俺だって数多の戦いで苦境に陥り、仲間に命を助けられた事もある……今度は、俺がケーア様とマイカ様のお二人をお助けする番だ……まさか、そんな事態になるとは思っていなかったが……)

 

 クーンツは心の中でそう考えながら決戦への決意を固め、兜の面貌ベンテールを下ろした。腰の剣を引き抜く。

 

 (来いよブタども。返り討ちにしてやる)

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