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追跡者

 討伐隊の隊列の側面を歩きながら、追跡者チェイサーのデファンは不安そうに空を眺める。曇天だった。厚く垂れこめた雲。鳥の影は無かった。デファンの周りを付かず離れず付いてくる、ロザリアと名付けられた猟犬(……デファンが”追跡者”として王国軍の教育隊に入隊してからずっと相棒だった)も落ち着きを取り戻していた。

 

 討伐隊は乾いた薄茶色の土と、背の低い草で覆われた荒れ地を歩いていた。『古代の魔導師の魔法によって川が干上がり、それまでは肥沃な土地だった平野を荒地に変えた』そんな伝説が残されていた。

 

 実際、この先にある『深淵の森』は川が干上がっているにも関わらず、水が豊かで木々や植物が生い茂っている。涸れた川以外に水源があるとも思えないのに……もしかしたら伝説は実話なのかもしれない。

 

 (……そんなことより、半日前の”烏”だ。あれ……オークの呪術師に操られて、こちらを偵察して来たんじゃないか?)

 

 ロザリアが異常に興奮していたのも一つの証拠だ。デファン以外の”追跡者隊”の隊員も異常に気が付き、クロスボウを烏に向けた。デファンたちがクロスボウ構えたの見て、弓兵の何人かも弓を引いた時だった。

 

 「何をやっとる?やめとけ。ただのカラスだ。矢とボルトの無駄だ」デファン達を止める傲慢な声がした。声の主は騎士団団長のジョナスだ。太っただらしない身体。それを特注の鎧に押し込めていた。

 彼は上級階級の出で、父親は有名な騎士だった。父は勇猛で立派な騎士だった。だが息子に対しては、騎士一族の常識とは外れた教育を息子に行った。

 

 『溺愛』

 

 このため、騎士として王に誓いを立てる年頃には、彼は肥大した自己顕示欲の化け物になっていた。……実力も無く、人望も無い。親の七光りの強い権力だけを持ち、傷付きやすいプライドを守るために、諫める人間には激しい反撃を加える。

 

 誰もが彼を持て余していた。そして政治的な理由で、彼がオーク討伐隊隊長に任命されると、互角だったオークとの戦いは苦戦が続いた……このままでは、彼には『解任』という罰が待っている筈だった。ところが、『神が遣わした男女』が、彼と王国を救った。彼と彼女は人を魅了する不思議な能力で王の信頼を勝ち得て、更に王国軍でも高い評価を得た。

 

 二人が討伐隊に加入すると、オークとの戦いには息を吹き返したかのように連戦連勝。だが二人の手柄は、自動的に『隊長』であるジョナスのものになった。

 

 そのため、ジョナスを団長(=隊長)からは降ろせなかった。結局、啓亜ケーア夢夏ユメカは、『討伐隊付き士官』という身分に落ち着いたが、討伐隊の兵達は二人を事実上の『隊長』『副隊長』と見做していた。実際、ほぼすべての命令はケーア様が下していた。

 

 ……だから、怪しい”烏”を射落とすのをジョナスに止められた時、思わずデファンは、ジョナスに意見を具申しようとした。

 

 (「あの烏はオーク達が言う”魔眼”を持っております。このまま見逃せば、こちらの動きは奴らに筒抜けです。ケーア様ならお許し下さるはずです」)

 

 だが、言えなかった。……言える訳なかった。ただの兵であるデファンが、”団長”に意見など言えようはずも無かった。兵如きに意見されたらジョナスは怒り狂って、その結果、その場でデファンは切り捨てられただろう。

 他の”追跡者”と弓兵も同じ気持ちだったようだ。皆、黙って手に持った武器を降ろしたからだ。そうこうしているうちに烏は、隊の列を離れ雲間に姿を消した。猟犬たちも落ち着きを取り戻した。

 

 (……こちらの動きが見えたのに……離脱した?……また来るかも……)烏があっさり離脱したのを見て……だが再び戻ってくると信じ、警戒を怠らなかった。

 その後、行軍を続けるが、上空を舞う烏は一羽もいなくなった。デファン達は、上空よりも、岩陰や僅かに残る草むらを警戒し始めた。……命知らずのオークの伏兵や、奴らが仕掛けた罠があるかもしれないからだ。

 

 しかし、何事も起こらなかった。拍子抜けするぐらい。その日、討伐隊は荒地で野営し、早朝に再び行軍を始めた。暫く歩くと荒地がU字型に窪み、そこだけが白く変色し、大小の石が転がってる地帯にぶつかった。……涸れた川の跡だ。

 

 ケーア様の指示通り涸れた川床を伝って討伐隊は歩を進めた。暫く歩くと少し先に、鬱蒼とした森が見えてきた。『深淵の森』だ。

 先頭集団にいるケーア様が手を上げる。それを合図に”追跡者隊”は、討伐隊に先んじて嚮導きょうどう任務にあたった。デファンもロザリアを連れて、警戒しながら森に入る。

 

 (折れた灌木、不自然な盛り土……高木に身を隠す狙撃弓兵……待ち伏せに最適な大岩……)徹底した訓練の賜物で、追跡者達はオークの待ち伏せのサインを探しながら偵察を続ける。追跡者のスキルで足りない分は猟犬が、鋭い嗅覚と聴覚……そして野生の本能でカバーする。

 

 何もなかった。……デファンは拍子抜けした。この深い森に身を隠して、オーク達は待ち伏せをしていると確信していたからだ。追跡者隊の隊長は、小さな羊皮紙の切れ端に何かを書き付けると、自身の猟犬の首輪に付いている、小さな容器にそれを収める。猟犬の横腹を軽く叩くと、彼の愛犬はメッセージを本隊に届けるべく疾走した。

 

 しばらく待つと騒がしい音を立てながら本隊が到着した。騎士達が「オークの豚どもは怖気ついて逃げ出したんじゃないか?」と軽口を叩いているが聞えた。

 

 (そうだと良いんだが……)デファンの不安は消えなかった。

 

 「奴らは谷の出口に陣を敷いている筈だ。最後の戦いを本拠地の目前に構えているはずだ。……誇り高いらしいからな……自分の生地せいちで反撃するつもりだろう……」

 

 その時、ケーア様の声が聞えた、デファンはケーア様の方を見る。美しい女性……マイカ様を従えていた。我々ハーシュ王国の救世主だ。類まれな剣の技術と明晰な頭脳。整った容姿で王国の諸侯や国民を虜にした男……。

 

 デファンも彼に対して尊敬の念を抱いていた。ただ、他の者のような『熱狂』という感情は抱けなかった。彼の表情には時として酷く冷酷で、作り笑いの下に酷薄そうな表情を見せている事に気が付いたからだ。

 

 ……その表情は常に巧みに隠されていて、気が付いている人間は少ないだろう。だが、”追跡者”として己の感覚を磨きあげたデファンにとって、キーア様は森や草むらに身を潜ませる猛毒を持つ蛇を思い起こさせた。

 

 (だが、それがどうした?要は結果だろ?ケーア様は王の信頼を勝ち得て、オークとの戦いを勝利に導いている……しかも、少なくともジョナス団長のような馬鹿げた振る舞いや言動は一切やらない……それ以上、求めるものがあるか?)

 

 ……無い。

 

 だからデファンは、ケーア様に対する自分の心に巣食う小さな不信の芽を無視した。そんな自分の気持ちなど些細な事となった。……任務しごとだ。

 

 眼前に『蜥蜴の這う谷』が見えてきたからだ。そしてロザリアがふと首をもたげ、鼻面を上にげながら、しきりに何かを匂い始めた。

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