鬨(とき)の声
”時間が経ち過ぎた……さ、今度こそ。我らを導いてくれ”
英俊は、その言葉に促され立ち上がった。車座のオーク達は、一斉に見上げる。
『一緒に戦う仲間たちを集合させてくれ』英俊は”殺傷力”に声を掛ける。
『既に、下の谷間に集まっておる。皆、百人隊長の言葉を今や遅しと待っておる』”殺傷力”は即座に答える。
英俊が居た場所は、谷の斜面の中腹あたりだった。立ち上がったまま、谷を見下ろすと、手勢のオークが集結し一斉にこちらを見上げてた。緑色の波がうねるようだった。
英俊は強く思いを念じ、彼らにそれを放った。
『勇猛なる闘志を持つオーク達よ。勝ちたいか?』
次の瞬間、猛烈な心の波動が英俊の身体を襲う。
『当然』『もちろん』『おう』……凄まじい肯定の反応だ。英俊はその思いの衝撃によろめきそうになった。しかし、両足に強い力が入り、その思いをしっかり受け止める。
(”百人隊長”か?身体を支えてくれたのは。ここでよろめいたら情けないもんな)
ちらっと、そう思いながらも次の言葉を心に乗せる。本気で気持ちを込めた。
『……我々は勝つ!必ず勝つ!ただ、いつもとはやり方を変える。これは決して卑怯なやり方では無い。オークの誇りと闘争心と!力と!そして疾さを!最大限に発揮する方法だ!』
『……』今度は戸惑いの反応が沸き上がる。
(ここだ……。ここで言い切らないと)
『我は『鷹の舞う地』の戦いで命を落とした!だが、そこで『獅子と蛇』より宣託を受け、少しの工夫で奴らをぶちのめすことが出来ると分かった。我と『獅子と蛇』を信じて付いて来てくれるか?!』
『……信じる』『勝てるなら……』『……やってやる』とまどいながらも肯定の反応。
『迷うな! 我に信じて参れ! いいか? 我らオークが滅びるのはこの戦いでは無い!この度の戦いでは必ず勝つ!』
その直後、身体の芯から凄まじい闘志が沸き上がった。抑える事の出来ない熱い気持ちが。……身体が震えそうだった。いや、実際震えた。その想いを吐き出すように、ぶつけるように、英俊は力一杯肉声で叫んだ。吠えるような声で気合を入れた。谷間に英俊の力強い吠え声は反響し、驚くほど響き渡る。
眼下の緑の波が沸き立った。オーク達もまた一斉に吠え声を上げて英俊に応える。武器を持つ腕を突き上げる。英俊の胸に熱いモノが込み上げてくる。
(これが……気合いってやつか)
運動部の奴らが試合や練習前に円陣を組み、大声を上げて気合いを入れているのを見た事がある。テレビ中継で観るプロのスポーツ選手でさえも、時々気合を入れている。スポーツや団体での行動に全く縁が無い英俊は、彼らのそう言った所作の意味が分からず、『暑苦しい』『馬鹿みたい』『脳筋』と軽く見下していた。
だが、この瞬間に初めて『気合を入れる意味』というのが分かった。『全員が一つに成る為のきっかけ』『自分の覚悟を決める合図』そう言ったスイッチの役割を果たすモノだと。
(ま……勝算もないのにこれに頼るのは馬鹿げているけど……今回の作戦にはチャンスがある。だから、皆の気持ちが一つに成るのは大切だ。よし。いける。やってやる)
『よし……”深い水底の魚”、”熊と踊る”、”狼の血”、”土竜の眼”……そして、”殺傷力”……作戦を説明する……』英俊は周りの幹部のオーク達に声を掛けた。名前は自然と口から飛び出した。
『……そして、”戦いの呼び声”……お前の持っているその太鼓は、魔法強化されているのか?』古い木製の胴と、使い込まれた皮製の打面で出来た、原始的なタムタムのような太鼓を持つ小柄なオークに声を掛ける。
『はっ。我が太鼓は、魔法の力が込められており、我が太鼓を打ち鳴らせば、皆の士気がさらに上がります』”戦いの呼び声”は答える。
『……よし……。その役割とは別の役割も担ってもらう……出来るか?』
『我に出来る事であれば何なりと……』”戦いの呼び声”が頷く。
『よし頼むぞ……みな集まれ。よく聞け……』
幹部のオーク達は作戦を聞くために、英俊の周りに集まった。