歌い歌えど伝わらぬ、されど人は歌うのです
夢で見た内容を少し変えて、短編小説にしました。
「今日をもって、神楽一族の巫子候補からお前を外させてもらう。
大瀬音歌ノ子、これからは自由にして良い。
お前の代わりに巫女候補に、妹の大瀬音好歌を加える。
今までご苦労だった、下がれ」
「はい……。
本日までの、巫子様によるご教授いただいた数々、巫子候補から外れても忘れずに自身の糧とさせていただきます、誠にありがとうございました」
「歌ノ子、巫子候補から外れ、妹の好歌が候補入りしたことにより、お前と舞川家の次男である舞川巌殿との婚約も解消される。
巌殿は、今日をもって好歌の婚約者となる」
「はい……お父様。
歌ノ子が不出来なばかりに申し訳ございません」
神楽一族。
古くは日本が天皇が国を治めていた時代より、宮廷を守る神楽舞を行う陰陽師一族。
現代の今は、表向きは神楽財閥の一族として、裏では様々な怪奇現象を抑えるための神楽舞を歌い踊る者たちとして。
その大瀬音家の長女として生まれた私は、幼い頃に神楽舞の中でも最も重要な立ち位置、巫子となるべく幼い頃より英才教育をさせられてきました。
厳しく遊ぶ暇のない教育。
一年前に生まれた妹は、両親から愛されるのに、私は現巫子様からの愛のない指導で心を壊し始めていました。
艶がありストレートだった黒髪は、うねり脂ぎって不潔に見え。
淡い水色だった瞳は、怪奇現象に何度も立ち会ったせいか、光届かぬ海底のような薄汚い紺色に変わり。
ストレスで食事が喉を通らず、やせ細った。
なのに、あぁ、私の。
私の人生は一体何だったのでしょうか?
気がつけば、現巫子様のお世話係である八千代様に連絡をとっていました。
そうして、老舗の甘味処に連れていかれ、胸の内をぶちまけました。
「私、今まで頑張ったんです。
だれも誰も、わかってくれませんでしたが。
巫子様も両親も巌様も妹ばかり愛して、私のことなど見てくれませんでした。
私だって、食べたいのに食べれなくて、みんな私を醜いものを見るような目で。
私、私、私!!」
「歌ノ子さん、私はずっと貴女を見ていました。
貴女がずっとずっと辛そうにしていたのを見ているだけだった私が言うことではないかもしれません。
ですが、貴女ほど努力家で素晴らしい女性は私は知りません。
貴女は今、私に今まで誰にも明かさなかった本音を言ってくれました。
それはとても勇気のいることです。
本音を言うということは、自身の心と向き合うということだと私は思うのです。
歌ノ子さん、考えてみましょう。
これから、したいことを」
私のしたいこと。
ふと、幼い頃の記憶が蘇りました。
厳しい指導で泣いている私を慰めてくれた、白銀に輝く髪の少年。
会いたい。彼に、会いたい。
「八千代様、私、会いたい人がいます」
「あら、誰かしら?」
「常盤様……奏常盤様」
数年前に神楽一族から脱退した奏家。
その奏家の長男で、誰にも愛されなかった私に優しくしてくれた人。
「ふふふ、そう。
実は今でも奏家と連絡をとってるの、内緒ですよ?
会えるように相談してみましょう。
それまでに歌ノ子さんは体力をつけましょう!」
「ふふっ……はい」
八千代様が店員の方を呼んで、甘味を頼まれました。
数分して、あんみつがテーブルに乗せられました。
私は久しぶりの食欲に喜びながら、あんみつを一口、その美味しさに笑みがこぼれました。
私が、巫子候補から外れて、あれから一年が経ちました。
実家の大瀬音家を離れ、都心の私立校に通い始め、友人もできました。
脂ぎってうねっていた黒髪は、艶が戻りうねりはゆるいウェーブヘアになりました。
瞳は、紺色のままですが、生気が戻りまるで夜空のように綺麗だと褒められました。
やせ細った身体は、適度に肉がつき体力も人並みにはなったと思います。
そして、
「常盤様、私、巫子候補から外れて良かったかもしれません。
こうやって常盤様の婚約者になれましたもの」
愛おしい初恋の人、常盤様に再開し、彼に対する愛が燃えて、彼と人生を歩んでいける。
あぁ、私の人生は、最高です。
「八千代様、お願いです。
歌ノ子の居場所を教えて下さい」
「いいえ、いけません。
大瀬音家当主、彼女を奏家に送り出したのは貴方自身です。
彼女は名だけは大瀬音家の者ですが、高校を卒業した暁には婚姻されます。
歌ノ子さんとの接触は現巫子様に咎められているはずです。
さぁ、帰りなさい」
「八千代様、歌ノ子は今どこにいるのですか?」
「巌さん、もう歌ノ子さんは貴方の婚約者ではございません。
今まで一度も彼女に優しくされず、会っても嫌味ばかりの貴方が今更会ってどうするというのですか?
さぁ、帰りなさい」
「八千代様、お姉ちゃんはどこにいるの?!」
「好歌さん、巫子候補の貴女に自由な時間などございませんよ?
今まで甘やかされた分、現巫子様の厳しい指導は堪えるかもしれませんが、それでも無理にでもしてもらいますよ。
さぁ、帰りなさい」
「八千代、奴らは?」
「皆様、お帰りになられました。
次代の巫子は、もう一人の候補の舞川響様でよろしいでしょうね」
「好歌は、あれは相応しくないな。
歌だけは至高だが、それ以外は下の下だ。
これからは歌唄いとして指導すれば良い。
で、歌ノ子は元気か?」
「はい、幸せそうです」
「そうか、良かった。
巫子として、俺は厳しくしなければいかなかったからな……解放して良かったな」
「はい、そうですね」
幼少の歌ノ子の歌を思い出す。
美しい旋律は、あまりにも悲しく、聞いていられなかった。
籠の鳥が外に出れば死ぬと誰が決めた?
彼女の歌は今、幸せな旋律を奏でている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
実は最初は妹もがっつり絡む予定でしたが、なんというか余りにもアレなキャラになりそうで削除しました。
何かあれば感想の方によろしくお願いします。