河童のうわさ
ある地域ではこんな噂が広がっていた。
緑川には河童がいる。
夏休みのある暑い日、小学三年生のぼくは二人の友達と一緒に噂が本当か確かめるために北山までやってきた。北山は小学校の北にある山のことで、緑川が流れている。地域のルールで北山は立ち入り禁止になっているけど、河童を見つけたらきっと許してくれるはずだ。そう思いながら川の近くを歩き回っているけれど、河童の姿は見当たらない。
「暑いなあ。河童、おらんなあ」
グズのケンジが気だるげな様子で声をあげた。それを聞いたテッちゃんはいらいらとした声色で、
「うるさいな。ちゃんと探せや」と言った。
ケンジはあまりに情けないけど、確かにうんざりするような暑さではある。それに、木や草がおいしげる山の中は歩きにくい。どんどんと体力がなくなっていくのがわかった。
ちょっと休憩せえへん? そう提案しようと口を開いたときだった。
「あ」
ケンジが何かに気づいた。
「河童や!」
ケンジが指差した先、川の向こう岸に目を向けると、緑色の何かがすばやく動いたように見えた。
「追いかけるで!」
テッちゃんが川に入って進んでゆく。川は膝ぐらいの高さだから怖くない。ぼくもすぐに後を追った。だけどケンジはなかなか動かない。
「はやく!」
振り返ったテッちゃんにせきたてられると、ケンジはやっと水に足を入れて追いかけてきた。テッちゃんはもう向こう岸についていて、キョロキョロしながら立ち止まっている。
「どこや!」
追いついたぼくも見回してみる。でも河童は見つからない。見失ってしまったみたいだ。残念だ。
結局、そのあと河童が見つかることもなく、日も暮れてきたから帰ることになった。
「ケンジのせいで河童、見失ってもうたわ」
テッちゃんは河童に逃げられたことがとても悔しいのだろう。なぜなら、テッちゃんはクラスで一番足が早くて徒競走では負けなしなのだ。
「ごめん」
ケンジも自分のせいで逃げられたと思ってショックを受けているみたいだ。ぼくはどっちしろ河童には逃げられていたと思うけど。
「でも」テッちゃんが鼻の頭をかきながら言った。「河童見つけたんもケンジやし、今日の失敗はチャラやな。河童おるって確認できただけでも良かったわ」
やっぱりテッちゃんはいいやつだ。ついでにケンジもグズだけど優しいやつだ。
「また今度探しに来ようや」
ぼくはまた二人の友達と河童を探しに来るだろう。
ある地域ではつい最近こんな噂が広がっている。
緑川には人間が来る。