第4.5章 妖精館幻想
※本章は、事件が解決された後に私、石上誠司が本事件を「小説」という形で構成し直す際、関係者の記憶を元にし、彩りを加える目的で書かれたものである。時系列でいえば、4章と5章の間に起きた出来事のため、ここに、「4.5章」という形で挿入することにした。
このあと、妖精館で殺人事件が起こり、高校生探偵乱場秀輔が見事、犯人を言い当てて解決することになるのであるが、本章で描かれる出来事は、乱場自身は目撃していないし、当該の人物から、こういった状況があったと聞かされることもなかった。つまり、乱場は本章で描かれた場面の情報をまったく得ることのないまま、事件を解決に導いたということになる。よって、乱場秀輔と同じ条件で事件の推理をしたい、という読者の方は、本章は読み飛ばしてしまっても構わない。
――お願いがあるの
彼女は小さな袋を顔の横に掲げて小さく振った。
――これを……ね
怪しげな笑みを、窓から差し込んだ月明かりが濡らすように照らした。雨は上がっていた。
彼女と相対した〈その人〉は首を横に振った。
――出来ないの?
今度は首肯する。決意は固かった。
――そう……
彼女は唇の隙間から、ため息を漏らした。
――残念
また微笑んだ、のだと思う。月は雲に隠れてしまった。
彼女はゆっくりと歩み寄ると、〈その人〉の首に両腕を回して唇を近づけようとしたが、〈その人〉が肩を揺すったことで、か細い両腕は振り払われた。
――私のこと、嫌い?
彼女が訊いてくる。〈その人〉は答えずに、一歩だけ下がって彼女と距離を置いた。
――そうよね
彼女は笑う。
――あなたじゃ、私のことは好きになれないわよね……
彼女の笑みに、憂いの影と挑発的な光が同時に差した。
――いいわ
彼女はゆっくりと〈その人〉から離れる
――私、諦めないから……死んでも……
振り向いて歩み去り、彼女の背中は廊下の暗がりに消えた。