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第14章 名探偵乱場秀輔の解明

「どうする、乱場(らんば)くん。さっそくみんなをリビングに集めるか?」

「いえ」だが乱場は、立ち上がり掛けた私を止めて、「事件の全てに答えが出せたわけじゃありません。まだ推測の域を出ていない事柄もたくさんありますから」

「そうか」


 私は(はや)る気持ちを抑えて、腰を椅子に戻すと、


「じゃあ、まず、私にだけ聞かせてもらえるかい?」

「……はい」


 乱場は了承した。


「まず、飛原(とびはら)さんが持っていた麻についてです。あれは葉や茎の状態からして、間違いなくここ妖精館に来てから、つまりこの周辺で採られたものです。飛原さんが一昨日の深夜にこっそりと外出していたのも、麻を採取することが目的だったことで間違いはないと思われます。彼は幼少の頃、この妖精館に遊び半分で忍び込んでいたそうですが、そこで麻を見て外見を憶えていて、大人になってから、あれは麻だったのか、と思い返したというのはさすがに無理があるでしょう」

「ああ、そこまで鮮明な記憶を持てるわけがないと思う。私も飛原先輩と同じように、昔ここに忍び込んだことが何回かあるが、そういうことをしたという記憶があるだけで、どこで何を見たかなんて、いちいち憶えていない」

「ええ。それが普通です。ですから、飛原さんが麻のことを知ったのは、もっとずっとあとになってからじゃないでしょうか」

「見当は付くのかい?」

「はい。飛原さんが、自主映画のロケ地としてこの妖精館を選んだというのは、嘘ではないと僕は思うんです」

「麻の採取が目的ではなかった?」

「そうです。彼は、自分の映画のロケ地として最適な妖精館が今も健在であるかどうか、地元の友人に頼んで確認してもらったそうですね。そのとき、妖精館の写真も撮影してもらったとか」

「その写真に麻が写り込んでいたと?」

「僕はそう思います。本当にロケ目的だけで妖精館に来て、ここで初めて麻が生えているのも発見したという可能性もあり得ますけれど、それはあまりに偶然が過ぎるように思うんです」

「ああ。前もって情報を得ていたと考えるほうが自然だね」

「はい。飛原さんが、どういう目的で麻を採取したのかは分かりません。彼の態度から察せられるに、よからぬことを考えていたのは間違いないと思いますけれど」


 採取した麻を入れた鞄を、リビングで寝泊まりするときにも肌身離さなかった飛原。素人ながらも映画監督という立場にいた彼が、麻――というよりは、それから生成される大麻――に少なからぬ興味と神秘性を抱いていたというのは大いに考えられる。


「飛原さんは、持ち帰った植物が間違いなく麻であることを確認できたら、またここを訪れて、今度はもっと大掛かりに麻を持ち帰る計画も立てていたのかもしれませんね」

「その麻は、やはり偶然ここら周辺に自生していたものなんだろうか?」

「そこですよ」


 乱場は、人差し指で小さくテーブルを叩くと、その指を私に向けた。普段の彼であれば、およそしない動作だ。スイッチが入っていることを私は感じ取った。乱場秀輔(しゅうすけ)の名探偵としてのスイッチが。現に彼の瞳は、あの妖艶な彩りに支配されつつある。


「あれが自生していたものかどうかに関わらず、庸一郎さんが麻の存在を知っていたのは間違いないと思います」

「どうして、そう思うんだい?」

「庸一郎さん、というか笛有家は、その麻で〈商売〉をしていたんじゃないですか?」

「それは……まさか」

「はい。笛有家は麻から生成した大麻、もしくは麻そのものを販売することが代々の家業だったのではないでしょうか。石上先輩や飛原さんの話では、笛有家は莫大な財産を持っているから働く必要がない、と見られていたようですが、実際は〈商売〉をしていたんです。人には言えない商売を。物が物ですから、当然その取引も大っぴらには出来ません。恐らく、麻、もしくは大麻を卸す業者のほうが、定期的にこの妖精館に来て品物を引き取っていたのでしょうね。笛有家の人々は、ほとんど外出することなく、生活用品や食料の入手は宅配に頼っていたそうですね」

「その業者に紛れて?」

「はい。館に出入りする宅配業者の数が多ければ多いほど、商売相手の車両もそれに紛れさせやすくなりますからね」

「なるほど」


〈葉っぱを隠すなら森の中〉の応用というわけか。つくづく、この名言に縁のある事件だ。


「庸一郎さんの寝室にあった、あのボタンがひとつしか付いていない電話機。あれは、取引相手の業者のひとつにだけ繋がる回線だったのではないでしょうか。何か緊急の事態が起きたときに連絡を入れるための。恐らく、庸一郎さんが一番信用していた取引先に繋がっていたのでしょうね。で、こう考えると、庸一郎さんがあれほど頑なに外部の人間との接触を拒んでいた理由も、ただの人嫌いというだけではなかったのだと推察されますよね」

「確かに。相手が子供だろうと容赦なく拒絶したのも頷ける」

「はい。加えて、この二人だけしか住んでいないはずの妖精館に、あれだけ多くのソファと客室が備えられていた理由も、察しが付きませんか」

「麻を卸す業者用に?」

「はい。中には、かなり遠方から来る顧客もいたのではないかと思います。そういった人たちが宿泊できるために。それと、これも僕の推測でしかないのですが……」

「なんだい?」

「庸一郎さんがこの妖精館に招いていたのは、商売相手だけではなかったのかもしれません。いえ、商売相手も含まれていたのかもしれませんが、庸一郎さんはここで、大麻を使用した享楽的な集まりを定期的に開いていた可能性もあります」


 乱場の表情が歪んだ。


「乱場くん、その集まりには……霞さんも参加していたのだろうか」


 私は訊いてみたが、乱場は、「そこまでは分かりません」と目を伏せたまま答えるだけだった。


「そういった集まりが催されていたということ自体、あくまで僕の推測に過ぎませんからね。でも、霞さんも大麻の吸引をしていたというのは、間違いないと僕は思っています」

「どうして?」

「庸一郎さんの行動です。霞さんの死体を焼いたという」

「それが、霞さんの大麻吸引とどう繋がるんだい?」

「憶えていますか? 霞さんが死んだとき、村茂(むらしげ)さんがこう言ったんです。霞さんの死因が本当に青酸カリによるものかどうかも、『霞さんの遺体を解剖してみれば分かるはずだ』と。その直後でした、庸一郎さんは急に何かに怯えたようになって、『警察が来る』と呟いたんです。この言動が何を意味しているのか。それは、霞さんの遺体が解剖されたら死因となった毒物だけでなく、その体内から大麻も検出されてしまうことになる。それを庸一郎さんは恐れたのではないでしょうか」

「自分の商売が露見してしまうから!」

「はい。だからこそ庸一郎さんは、遺体に油を掛けてまで、入念に霞さんの遺体を焼いてしまおうと考えたんです」

「大麻が検出されなくなるくらい、その痕跡を消し去ろうと?」


 乱場は頷いて、


「ですが、擁護するわけではありませんが、庸一郎さんが娘である霞さんのことを大切に想っていたのは確かなのではないでしょうか。霞さんの死体を見たときの、あの反応。僕たちという外部の人間の目があるにも関わらず、躊躇うことなく秘密にしていた外部との連絡回線を使おうとした、あの行動を鑑みるに」

「それでも、庸一郎さんは最終的に娘の遺体を焼いた。笛有家の秘密を守るために」

「それと同時に、霞さんが大麻を吸引していたという事実も隠しきろうとしたのかもしれませんね」

「もっとも、外部との連絡が取れていたとしても、あの時点で霞さんはすでに死んでいたのだから、何も手の施しようはなかったということになるけれど……そういえば、あの電話線を切断したのは、いったい誰なんだろう? それに、水門を開けて橋を流し、この妖精館を〈クローズド・サークル〉にした張本人。それも見当が付いているんだろう?」

「はい。本当は決定的な物証が欲しいところなのですが、こればかりは動機から考えなければならないでしょうね。まず、一番に疑われていた飛原さんですが、彼の目的が麻の採取であるならば、水門を開けて橋を流してしまうなんていうこと、するはずがありません。飛原さんは誰よりも早くここを出て行きたがっていたはずですからね。電話線の切断もです。そんなことをする意味がありません。飛原さんが持ち出した麻が、あまりに目に見えて大量だった場合、それに気が付いた庸一郎さんが追手を差し向けるのを阻止するために電話線を切った、という可能性も考えられますが、飛原さんの鞄に入る程度の量でしたら、気付かれる心配はないでしょう。なにより、飛原さんはここで麻を盗み採るという犯罪を犯しているわけですから、それ以上危険な行動は極力避けるはずです。なにせ勝手分からない他人の敷地内です。電話線を切断している現場を誰かに目撃されたりしたら、とんだ藪蛇になってしまいますから」

「確かに」


 私は頷いた。「はい」と乱場は続けて、


「同じ事は僕たちにも当てはまるわけですよね。犯罪云々じゃなくて、ここから早く出たい。というか、別にここに留まる理由がない、と言ったほうが適当でしょうか。橋を流したり、電話線を切る必要なんてどこにもありません。僕は最初、男性陣の誰かが、霞さんと別れがたく思って橋を流し、なるべく彼女と一緒にいる時間を作るためにやったのかなとも思いましたが、さすがにそれは過剰ですね。霞さんに会いたいのであれば、また改めて別の日に来ればいい。こうして彼女と知り合いになる機会を得たのですから、再訪することへのハードルは一気に下がるでしょう。霞さんのほうでも僕たちのことを歓迎してくれているような雰囲気でしたし」


 ここを訪れた日のことを思い出す。私たちを追い払おうとした庸一郎に対し、霞は父親の意見を押し切って私たちを招き入れてくれた。


「そうなると」と私は回想から戻って、「残るは、庸一郎さんと霞さんしかいなくなってしまうわけだけれど」

「はい。橋を流したり電話線を切る理由がないというのは、二人とも同様ですが、霞さんの死を知ったとき、庸一郎さんは真っ先にあの電話で外部と連絡を取ろうとしました。電話線を切断したのが庸一郎さんであれば、あのような行動は取るわけがありません。橋が流されることに対するデメリットが一番高いのも彼でしょう」

「となると……」

「ええ。僕は、水門を開けて橋を流し、電話線を切断したのは霞さんなのではないかと考えています」

「どうして、そんなことを……」


 乱場は首を横に振って、


「分かりません。でも、もしかしたら、これからここに警察が乗り込んできて入念な捜査をすれば、明らかになるかもしれませんね。もしくは……」

「もしくは?」

「霞さんの殺害犯人が、それを知っているかもしれません」


 いよいよ来たなと私は思った。


「そう、そこだよ、乱場くん、一番肝心なところは」

「これまで僕が話してきたのは、ほとんどが状況からの推測でしかありませんでしたが、霞さんを殺害した犯人についてだけは違います。これには僕は決定的な証拠を得ていると考えています」

「聞かせてくれるかい?」

「……はい」乱場は一度唾を飲み込む。まだ喉仏の出ていない白くて細い首筋が、ごくりと音を立てた。「まず、犯人は庸一郎さんではありません。これから僕が話す犯行手段は、彼には為し得ないからです」

「やはり犯人は、私たちの中に……」

「ええ」


 乱場は悲しそうな表情をしたが、それは一瞬だけのことだった。名探偵乱場秀輔の推理劇が始まることを私は悟った。


「凶器に使用されたシアン化カリウムですが、これは犯人が用意してきたものだと考えられます。そこらで入手できる代物ではありませんし、この妖精館にあって、たまたま入手したというのも偶然が過ぎると思うからです」

「犯行は、計画的なものだった?」

「霞さんを殺害した動機が分からないので、どこまで計画性があったかは不明ですが、少なくとも犯人はこの撮影旅行にシアン化カリウムを持ち込んできていたのは事実です」

「動機はともかくとして、犯人はいったい、どうやって霞さんひとりにピンポイントで毒を飲ませることに成功したんだい?」

「シアン化カリウムを飲ませるためには、苦みを誤魔化す必要があります。あのときあった飲食物で苦みを誤魔化せるもの、つまり、犯人が毒を入れたのは、コーヒー以外にないということは前にも言いました」

「でも、あのとき霞さんのコーヒーに何かを入れるような行動を起こした人は、誰もいなかった」

「そうです。犯人の他に、あの場には八人もの人間がいたんです。他人のカップに何か入れるような怪しい行動を起こしたら、まず間違いなく誰かしらに気付かれてしまうでしょう」

「犯人は、どうやってそのハードルを越えたと?」

「犯人が毒を入れたのは、霞さんのカップじゃありません、自分のカップにです」

「……同じことじゃないのかい? 何かを入れる動作自体が目立ってしまうんだ。他人のカップも自分のものも関係はないのでは」

「そのとおりです。犯人は、直接自分のカップに毒を入れたのではありません。いったん別の場所に入れて、そこを経由してカップに毒を注いだのです」

「その、毒の経由場所とは……」

「口です。犯人は自分の口内に毒を入れ、すぐにコーヒーも口に含みます。そして口内で毒と混ぜ合わされたコーヒーを、またすぐにカップに戻したんです。つまり、コーヒーを飲む振りをして、実際は口に含んだコーヒーをまたカップに戻しただけというわけです」

「毒を口に入れるなんて」

「可能です。使われた毒物、シアン化カリウムは、胃酸と反応した時点で有毒物であるシアン化水素を発生させるのです。口の中に入れただけでは効果は現れません」

「それにしたって……」

「そうです。シアン化カリウムは、舌に触れると強い苦みを感じさせる物質です。犯人はその苦みに耐えながら犯行を行ったんです」

「正気の沙汰じゃない……」

「ええ。胃酸と結合しなくとも、口内はほぼ全て粘膜でできていますから、触れたシアン化カリウムが反応を起こしてシアン化水素を発生させる可能性も大いにあり得ます。ですが、気化したシアン化水素は肺から吸収されて初めて毒としての効果を得るので、その間ずっと呼吸を止めていればいいわけです」

「ますます正気の沙汰じゃないな」

「はい。命知らずと言うか、かなり破滅的な犯行手段です」

「……だが、乱場くん、その方法が使われたとして、やはり犯人はコーヒーを口に含む前に、シアン化カリウムを口に入れなければならないだろう」

「はい。ですが、その動作を誤魔化すことは容易です。僕が配った風邪薬、あれを飲むふりをして実際にはシアン化カリウムを飲めば――正確には口の中に入れるだけですが――いいだけです。コーヒーに毒を入れるなんていう全く別個の動作は目立つため目撃されやすいですが、自分が持っている風邪薬と隠し持っていたシアン化カリウムをすり替えるのは簡単です。空になった袋は飲まなかった風邪薬と一緒に、すぐに懐に入れてしまえばいいんですから。さしずめ、〈薬を隠すなら薬の中〉ですか」


 やはり、この名言に縁がある事件だ。


「まだ問題は山積しているぞ、乱場くん。今の方法が使われたとしても、毒が混入するのは〈犯人自身のコーヒーカップ〉にだ。今度はそれを霞さんのカップとすり替える必要があるんじゃないか? そんな動作をしたら、毒をカップに入れるというものほどではないにしても、かなり目立ってしまうんじゃないかと思うのだが」

「そこです」


 乱場はまた指でテーブルを突いた。私は、その白魚のような指を見つめてから、


「何か、上手い方法があるのかい?」

「あります。方法、というかですね……犯人は、口内で毒を含めたコーヒーを戻した自分のカップを、ただその場に置いただけなのです」

「……どういうことかな」

「霞さんは、犯人が置いたそのカップを飲んでしまったのです」

「自分のカップと取り違えたということかい? 確かに、あの場に出されたカップは全てデザインが同じだったけれど」

「その可能性もありえますが、霞さんは自分のカップと犯人のカップと区別がついていても、なお自分の意思で犯人のカップを取り、中のコーヒーを飲んだのではないかと思うのです。霞さんがカップを取り違えることだけを期待するというのは、犯人にとってあまりにギャンブルが過ぎるからです。逆に言えば、犯人は霞さんが自分のカップを取ってコーヒーを飲むことを予見出来ていた」

「霞さんは、どうしてそんなことを」

「動機と同様、こればかりは僕の推測の域を出ませんが……霞さんは、犯人のことが好きだったのではないでしょうか。つまり、こういうことです。恋い焦がれる好きな人が口を付けたカップ。それが目の前にある。その状況で、思わず霞さんは……」

「相手のカップを手に取った、と。不自然に思われなかったのかな。だって、相手、つまり犯人のカップの他に、自分のカップも手元に当然あるわけだろう」

「そこに抜かりはなかったんです。犯人は、自分のカップを置いた際、逆に霞さんのカップを取って、さも自分のものであるかのように振る舞ったからです。霞さんにとってみればそれは、ただ単に相手がカップを取り違えたようにしか見えなかったことでしょう。まんまと犯人に操られてしまったということになります」

「証拠はあるのかい?」

「今、僕が言ったトリックが使われたのであれば、霞さんが最後に飲んだカップには、霞さんのものの他に、犯人の唾液も残っているはずです。あのカップはまだ洗わずに保管されていますから」

「警察が入ってきて鑑識にかければ一発、ということか」

「ええ。ですが、僕は今の段階でも犯人を名指しする証拠を得ています」

「そういえば、そんなことを言っていたね。聞かせてくれないか、その証拠がどんなものなのか」

「はい。証拠は、使われずに残った風邪薬の数です」

「確か……最初の段階であの薬は全部で十九個あって、一昨日の夜に朝霧さんがひとつ消費して、翌朝に希望者七人に配られた。つまり、十九引く八で、十一個残っていたんだったね」

「そうです。ですが、ついさっき、僕たちの知らないところで薬が実はもうひとつ消費されていたということが判明しました」

「飛原先輩が、私たちが寝ているときに部屋に入って、こっそりと拝借していったんだったね」

「ええ。だから、あの薬は実際は九つ消費されていた。だから、十九引く九で、十個しか残っていなければならないはずなんです、であるはずなのに、どういうわけだか薬の在庫は十一個だった」

「一個多い」

「そうなんです。これが証拠です」

「風邪薬がひとつ多いことが?」

「ええ。犯人は風邪薬を飲む振りをして、実際には隠し持っていたシアン化カリウムを口に含みました。ということは、犯人が僕から受け取った風邪薬自体は消費されていない。封も開けられずにそのまま残されたということになります。犯人は、この使われなかった風邪薬を、どうしたのでしょう」

「それは……」

「そうです。犯人は風邪薬を、もとのようにあのポーチの中に戻したんです。そうでなければ、風邪薬の数が本来よりもひとつ多く入っていることの説明がつきません。つまり、この風邪薬を戻した人物こそ犯人であるはずです」

「それが誰なのか分かると?」

「分かります。あの薬の残りは、配り終えたあとポーチに入れて、僕がすぐにこの部屋に戻しました。それから霞さんが死に、庸一郎さんの寝室などで色々とあったあと、全員が部屋に戻りました。それからすぐ、汐見先輩と朝霧先輩がここを訪ねてきて、一緒に薬の数を確認したんです」

「ああ。確か、そうだったね」

「そのとき数えたら、すでに薬の残りは十一個あったんです。ということは、使われなかった薬は、その時点でもうポーチに戻されていたということになります。霞さんが死んでから、ずっと僕たちは全員まとまって行動していました。庸一郎さんの寝室に行ったときも、霞さんの遺体をベッドに寝かせたときも、外で電話線が切断されているのを発見したときも。つまり、霞さんが死んでから、あのポーチはこの部屋にずっと誰も手を付けられない状態にあり、かつ、使われなかった風邪薬はずっと犯人の手元にあったということです。

 なのに、朝霧さんの提案で薬に細工がされていないかを確認しようということになり、このテーブルにポーチの中身が広げられたとき、すでにあの風邪薬の数は十一個になっていたんです。あの薬を調べる担当は僕でしたから、間違いありません。では、犯人によって使われなかった風邪薬は、いつあのポーチに戻されたのか。朝霧さんの提案でポーチが持ってこられて、テーブルの上に薬が広げられる、その直前以外にあり得ません。あのポーチを鞄から出して、テーブルまで持って来た人物は誰か……」


 乱場は私の目を真っ直ぐに見つめてきた。妖艶な鋭さを帯びさせた、あの目で。


「霞さんを毒殺した犯人は……石上先輩、あなたですね」

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