序章 名探偵乱場秀輔の推理
「草並尚之さんを殺害した犯人は……」
そこで乱場秀輔は、演出であるかのように一旦言葉を止めた。いつもより細められても、なお大きさを主張している双眸が前髪の先で光る。乱場は、その蠱惑的と表現してもよい眼差しで、集められた関係者一同を睨め付けた。
私、石上誠司は、まばたきすることも惜しんで彼の一挙手一投足に目を走らせた。我が名探偵が犯人を名指しする、その場面を一瞬たりとも見逃すまいとして。
乱場の視線が止まった。時が停止したかのような数瞬の沈黙が流れて、
「あなたですね、隆太さん」
乱場は車椅子に座った男を指し示した。瞬間、彼以外の関係者たちの口からは、息を呑んだ声が漏れた。
「なっ」車椅子の中で少しだけ体を揺すってから、名指しされた草並隆太は、「何を言ってるんだ、乱場くん。僕はこの通りの体だ。どうやったら伯父を殺しに行けたっていうんだ」
「いきなり、どうやったのかを問題にしてきましたね。普通でしたら、真っ先に自分は犯人じゃない、と抗弁すると思うのですが」
「そ、そんなのは当たり前だろ! 当たり前すぎて言わなかっただけだ!」
「いいでしょう」乱場秀輔は一度頷いてから、「確かに、ご覧の通り隆太さんは右脚を骨折していらして、現在車椅子が手放せません」
「そうだよ。だから、階段を使って三階に上り下りすることも、ましてやベランダから出入りすることなども不可能だ。僕に伯父を殺しに行けたはずはない」
「ええ。加えて、被害者である尚之さんの死亡推定時刻には、エレベーターへと通じる廊下も監視状態でした。この広間を抜けていく以外に、エレベーターに乗り降りすることは不可能ですからね。ここでは執事の高山さんが、五時からずっと執務中だったのですから」
視線を向けられた執事の高山が、ゆっくりと腰を折って相違ないことを示した。
「ちなみに、高山さんが執務の最中に雇い主である尚之さんを殺しに行ったという可能性はありません。高山さんは執務中に何度も固定電話で取引先の人たちと会話をしていました。いつ何時電話が掛かってくるかも分からない中、一階から三階まで行き殺害行為に及ぶというのはリスクが高すぎます。あの日、高山さんに電話を掛けた人たち全員に当たってみたのですが、例外なく高山さんはコール二回目以内で着信を受けています。ここにある固定電話に子機はなく、コードの長さも制限されますので、会話をしながら三階まで行き来するという芸当も不可能です。さらに言えばですね、被害者の尚之さんは午後五時から五時半まで、携帯電話で友人と会話をしていたことも確認されています。ですので、司法解剖結果での死亡推定時刻は午後五時から六時と一時間の幅を設けてはいますが、実際は五時半まで生存していたことは明白です。それに対して高山さんは、五時半から四十五分までの間、ずっと取引先と電話中でした。そのあとにまた、五時五十分に掛かってきた電話に対してワンコールで応答して、十五分以上通話をしていました」
居間や台所などに二人以上でいて、互いにアリバイを補完し合っていた他の容疑者たちと違い、執事の高山は被害者の死亡推定時刻にはずっとひとりで広間にいたため、電話応対の問題さえクリアすれば犯行は可能だったのではと、当初は一番の容疑者と目されていたのだった。
乱場が犯人と名指しした隆太も、他者の証言ではないがアリバイを持っていた。
「忘れたのかい、乱場くん。僕にはアリバイがある」隆太は車椅子の中で大きく両腕を広げて、「今の君の話によると、伯父さんの死亡推定時刻は、五時半から六時までの三十分に限られることになるね。僕はその時間はずっと庭にいたということは警察にも話したとおりだ。いい陽気だったから東屋で休んでいたんだよ。僕が庭から家の中に戻って、この広間に入ったのが六時を少し過ぎたところだったね。そこで高山と顔を合わせている」
隆太は執事の顔を見た。高山は、これも相違ないと頭を下げる。
「庭では残念ながら誰とも会わなかったけれど、六時にここで高山と会ったことが、僕が庭にいたということの何よりの証拠さ。それに、僕の証言の確認も取れているんだろ?」
「はい」
意気上がる隆太の声とは正反対に、乱場の返事は終始落ち着いていた。
「確かに、あなたの証言どおり、五時半過ぎに裏口横の公道をタクシーが通っていたことが確認されました」
「だろ」と隆太は俄然、声の勢いを増し、「この家には裏口側についた窓は一枚もない。だから、裏口横の道をタクシーが通ったことを証言できるとするなら、その人物――つまり僕――は庭にいたことは明白なはずだ。車の音だけを聞いたのだとしても、それがタクシーのものとまで分かるはずがないからね」
「おっしゃるとおりです。加えて隆太さん、あなたは、そのタクシーが〈高橋タクシー〉という個人タクシーであったということまで証言してくれました。そのおかげで、タクシーの特定が容易になったのですが……」
「よかったじゃないか」隆太は、にやりと笑うと、「それに、僕が犯人だったら、どうやって三階の伯父の部屋に出入り出来たっていうんだい。家に階段は何箇所かあるけれど、僕はこの通り車椅子だから上り下りは出来ない。僕が三階まで出入り可能な唯一の手段であるエレベーターも、ずっと高山の監視下にあったということは君がさっき言ったとおりだ」
「どうやって三階まで行ったかは簡単です。あなたは、高山さんがここで執務を始める直前にエレベーターを使ったというだけです」
「何を馬鹿なことを。裏道にタクシーを目撃したことはどうなる? あれは庭にいないと目撃できないはずだ」
「いえ、屋内にいながら、唯一あの道を見ることの出来る場所が一箇所だけあります」
「えっ?」
「まさに殺された尚之さんの部屋ですよ。正確には、部屋のベランダからですけれどね。尚之さんの部屋は角部屋のため、ベランダの端から身を乗り出せば裏口横の道を覗き込めるのです。あなたがそうしたように」
「だからと言って――」
「どうしてあなたは、そのタクシーが〈高橋タクシー〉だと分かったのですか」
「えっ?」
突然の質問に虚を突かれたのか、隆太は固まった。乱場は、まっすぐに車椅子の青年の目を見つめて、
「どうして、そのタクシーが高橋タクシーだと分かったのですか」
質問を繰り返した。
「そ、そんなことは、車両を見れば一目瞭然じゃないか。車体に書いてある」
「一目瞭然、ですか……」
乱場は、困ったな、というジェスチャーをするように、腕を組んで首を横に傾げた。
「ああ、そうだよ! それが何か問題があるっていうのか?」
「はい」
「えっ……?」
「確かに高橋タクシーさんは、車両に〈高橋タクシー〉と書いています。ですが、その書いてある場所が問題なんです」
「だから、何が――」
「高橋タクシーさんは、トランクの上側にしかタクシー名を書いていません」
「……えっ?」
「高橋タクシーさんは、最近流行りのハイブリッド車両をタクシーとして使っているのです。この車種は他の個人タクシーやタクシー会社でも多数採用されています。車のデザインがお洒落なものですから、採用しているほとんどのタクシーは、車の美観を損なわないように、従来のタクシーと違い、車両側面にでかでかと名前を入れたりしてはいないんです。でも、高橋タクシーさんでは、その代わりと言ってはですが、トランク上部に大きく〈高橋タクシー〉と名前を入れてあるんです。おかしいですよね。庭から見るだけであれば、当然車両の側面しか目に入らないはずで、トランクに書かれた文字が見えたはずがない。まして、常時車椅子に乗っているため、通常の人よりも視線の位置が低いはずのあなたが、どうしてトランクに書いている文字を読めたのか。どうしてそのタクシーが〈高橋タクシー〉だと分かったのか」
草並隆太は苦い顔をして黙り込んだ。乱場は続けて、
「いえ、実はですね。高橋タクシーさんも側面に名前を入れていないわけじゃないんです」
「な、何だよ! 脅かしやがって。じゃあ、僕はそれを読んだんだ――」
「入れてはありますが、車の美観を損ねない程度の小ささで、ローマ字で書き込んであるだけなんです」
「えっ?」
「試してみませんか」
「な、何を……」
「決まっているじゃありませんか。首実検ならぬ、車実験ですよ。あなたは庭の東屋にいたんですよね。その東屋から、裏口横の道を通る車の側面に書いてある文字を読めるかどうか。もちろん、文字は高橋タクシーさんのものと同じ大きさで、まったく違う言葉を入れますが。どうですか。時速四十キロ程度の速度で走る車が、裏口の数メートル空いた間口を走り抜ける瞬間、十メートル以上離れた東屋から、その文字を視認できるかどうか」
草並隆太の表情が絶望を帯びる。彼の視力があまりよくないことは、この場にいる誰もが知っていた。
「どうしてあなたが、道を通ったタクシーが高橋タクシーであると言い当てることが出来たのか。それは、あなたがタクシーのトランクに書いてある大きな文字を読んだからです。どうしてトランクの文字を読めたのか。それはあなたがタクシーを俯瞰したからです。どうして俯瞰していたのか。地上からではなく、三階という高所から目撃したからです。被害者の死亡時刻に庭にいたというアリバイを強固なものにしようとする余り、あなたは犯行直後にベランダから見たタクシーのことを証言したのですね。さらに勢い余って、車のトランクに書いてあったタクシー会社名までも口にしてしまった。証言にさらに信憑性を持たせようとしたのでしょうが、これは明らかに蛇足でしたね」
喋り終えると乱場は、口元に一瞬だけ、僅かに笑みを浮かべた。
「……状況証拠でしかない」草並隆太は最後の抗弁にかかった。「具体的な証拠があるっていうのか? 僕が、高山が執務を始める以前にエレベーターで三階に上がっていたとしよう。じゃあ、そのあと、車椅子の僕がどうやって三階から下りることが出来たっていうんだ? エレベーターを使うことは出来ない。ずっと高山の監視下にあったんだからな。であれば、三階から下りるにはこの広間を通らない階段を使うしかない。でも、僕には階段の上り下りは不可能だ。これじゃあね」
草並隆太は、自分が腰を預けている車椅子のタイヤの側面を、ばん、と叩いた。
「この脚の骨折は本物だよ。きちんと医者にかかって診断書も書いてもらっている。骨にひびが入ったレントゲン写真だって撮ってもらった」
「それに疑いの余地はないでしょう」
「であれば、どのみち僕に犯行は不可能だ。伯父を殺したとて、三階の部屋から脱出する手段がない。さっきも言ったけれど、僕は六時少し前に庭からこの広間に入って高山に目撃されている」
「手段はあります」
「どうやって」
「ベランダです。あなたは犯行後、一旦エレベーターで一階まで下りましたが、広間に高山さんがいることに気が付いた。そこで、ベランダから庭への脱出を思いついたのです」
「……気は確かか? こんな体の僕が、いや、健常者だったとしたって無理だろう。三階だよ、三階! そんな高さから庭に飛び降りでもしたら……」
草並隆太はそこまで言うと言葉を噤んだ。
「飛び降りでもしたら?」乱場は、その言葉尻を捉え、「そうです。間違いなく骨折しますよね。そこがあなたの狙いだった。もう自分は骨折した身なのだから、今さら骨折を重ねたとて、何も恐れるものはない。葉っぱを隠すなら森の中、とは、かつて有名なレジェンド探偵が言った言葉ですが、さしずめ、怪我を隠すなら怪我の中、ということですかね。
まずあなたはベランダの手すりに掴まって、骨折していないほうの脚で立ち上がり、車椅子を庭に落とした。あのベランダの直下には、背の高い雑草が群生した藪がありますよね。そこに落とせば、衝撃も落下音も抑えられる。その車椅子の重量は十二キロ程度ですよね。成人男性のあなたなら、片脚だけの踏ん張りでも、高さ一メートル程度の手すりを越して落下させることは可能でしょう。その車椅子は高級な品のようですから、耐久性もばっちりでしょうし。
次はあなた自身です。手すりを乗り越え、ベランダの床に掴まってぶら下がる形をとります。なるべく地面との落差を少なくするためです。車椅子と同じ場所は当然避けて、藪の中に飛び降ります。あなたは這ったまま車椅子を起こして座り、さらなる骨折の痛みに耐えながら、何食わぬ顔で玄関から広間に顔を出す。さも今まで庭にいたふうを装って」
「それだって、状況証拠と、君の勝手な推理でしかない!」
「ええ。ですから、調べさせて下さい。その車椅子を。頑丈な車椅子とはいえ、落下時の衝撃に全くの無傷とはいかないでしょうから。あなたは、ここに来る途中、車椅子の操作に難儀していましたよね。事件の起きる前は、じつに扱いやすい車椅子だと皆さんに吹聴していたそうじゃないですか。車軸が歪んだりしているのではありませんか?」
「そ、そんなことはない!」
「無傷で済まないのは、隆太さん自身もです。どうですか、もう一度レントゲンを撮ってみませんか。骨折の治癒具合がどんなものか。もしかしたら、医者に診てもらったとき以上にひびが広がっている。もしくは、右脚だけでなく左脚も骨折している。なんていうこともあるかもしれません。もしそうであったら、その理由は何なのか。それと、ベランダの手すりにあった引っ掻いたような傷。あれは車椅子を乗り越えさせるときに付いた傷である可能性が高いです。その際に剥がれた塗料も車椅子に残っているかもしれません。あの手すりに使われているのは、殺された尚之さんがこだわって特注した塗料なので、おいそれと他の場所で付着する代物ではありませんし」
「……ちっ、違……実は、僕は昨日、車椅子ごと階段から転げ落ちて。骨折がひどくなっているのは、それが原因なんだ。車椅子も、そのとき壊れて……」
なおも抗弁を続ける隆太だったが。その目は潤み、声も掠れ、顔中からは止めどもなく汗がしたたり落ちていた。車椅子の車輪に乗せられた手も、がくがくと震えている。
「草並隆太さん」と、それまでひと言も口を挟むことなく聞いていた、捜査一課刑事の暮松臣人が、「あなた、伯父である尚之さんに結構な借金があるそうですね。甥であるあなたがかわいかったのか、尚之さんは親族の誰にもそれを口外はしなかったそうですが、ご自身の年齢を考え、遺産や財産の整理をする段になって、弁護士にだけはそれを打ち明けていたそうですよ。尚之さんは、あなたが借りたお金を、あなたが経営する会社の運転資金にするものとばかり思っていたようですが、実際はギャンブルにつぎ込んでいたんですよね。あなたの会社はとっくに破綻している。それを尚之さんに知られたんですね」
暮松刑事が話すうち、隆太の表情は見る見る歪んでいった。
「事件の日」と次に乱場が、「あなたは尚之さんに呼び出しを受けたのですね。要件は明白だったでしょう。あなたは尚之さんを殺害するつもりで、指定された時刻よりも前にエレベーターで三階に上がり、空き部屋に身を潜めていた。そこで尚之さんの隙を狙っていたのですが、折り悪く尚之さんは携帯電話で友人と会話を始めてしまった。恐らく、あなたと会う時間は五時半か六時を指定していたのでしょう。電話中に殺害に及んでしまえば、会話相手に異変を知られ、即座に通報されてしまいます。あなたは尚之さんが電話を終えるのを待ち、隙を突いて殺害。被害者の受けた傷が背中に加えて腰近くにもあったのはこのためです。車椅子に乗ったまま立っている相手を刃物で刺そうとしたら、最初の一撃はその辺りの高さを狙わざるを得ませんから。背中の傷は、尚之さんが倒れてから追撃のために刺したものですね」
「ぐぅっ……!」
隆太は腰を折って俯き、「あの爺い……」と低い声で唸った。広間を支配した静寂は、この場にいる誰の耳にも、その小さな呟きをはっきりと届かせていた。
「あとの話は署で聞こうか」
暮松は草並隆太が座る車椅子を押して、そのまま広間を出て行った。
刑事と犯人の姿が広間から消えると、それを見めていた乱場秀輔は、「はあ……」と一際大きく嘆息して、近くにあったソファに倒れ込むように体を沈めた。その顔には、推理を披露していたときのような妖艶な眼差しはもうなかった。極度の緊張から解き放たれたように、あどけない、と表現しても何ら差し支えのない童顔を弛緩させ、探偵から高校生の顔に戻っていた。汗ばんだ額には、さらさらの前髪が少し貼り付いている。
「あの隆太が……」「全く、何ということだ……」「信じられん……」
ぶつぶつと言いながら、集められた草並家の関係者たちも連なって広間を出て行った。ソファに沈む探偵には目もくれることなく。一族期待の星と言われた草並隆太が犯人であってことに、大きな衝撃を受けているらしかった。執事の高山だけは、労いの言葉を掛けようとしたのか、乱場に歩み寄ったが、「高山!」と呼ぶ声を聞くと、一礼だけして主たちのあとを追った。
「お疲れ、乱場くん」
私は名探偵に声を掛けて、ペットボトルのお茶を差し出した。
「ありがとうございます。石上先輩」
乱場は礼を言って私の手からペットボトルを受け取った。
「さすが、我が本郷学園が誇る名探偵だ。見事な推理だったよ」
私が賞賛の言葉を投げかけると、乱場は急いだ様子でペットボトルを口から離して、
「石上先輩が色々と調べてくれたからですよ。僕には、そんな伝手はないから……」
丸く大きな目を見開いて顔を左右に振る。私は先ほど、乱場が高校生の顔に戻った、と表現したが、確かに彼は社会的には十六歳の高校一年生だが、いいところ中学一年生くらいにしか見えない。しかも、現在制服を着ているから問題はないが、私服姿であったなら、彼のことを「女の子だ」と紹介しても十人中十人が信用するだろう。私は、そんな童顔の探偵を見て、
「私は乱場くんのワトソンなんだから、それくらいは当然だろ」
「そんな、ワトソンだなんて……」
「おや? そんな言い方をするなんて、乱場くんはワトソンをどんなふうに捉えているんだい? 的外れでトンチンカンな推理を披露して探偵を引き立てるピエロ役?」
「そっ、そんなことはなくてですね……。ぼ、僕なんて、石上先輩がいなかったら、何も出来ないただの高校生ですから……」
「はは。何言ってるんだい。私だって乱場くんと同じ高校生じゃないか」
「そ、そうですけれど……石上先輩は三年生だし、大人に大勢知り合いもいるし、凄いです」
そう言ってから、乱場は再びペットボトルを口に付けた。
私の知り合いである草並家で殺人事件が起きたのは、一週間ほど前のことだった。警察の捜査状況が芳しくないと知った私は、高校の後輩である乱場秀輔に事件の捜査を依頼した。結果、こうして書き記したように、乱場は私と周囲の期待に応えて、見事事件を解決してくれた。事件の陣頭指揮を執っていた暮松刑事が、素人探偵に好意的な警察官であったことにも感謝しなければならない。
乱場はこれまでも、学内で起きた微細な事件をいくつか解決してきた実績があり、そのうちの一件に私も関わっていた。そこで私は乱場秀輔の推理を目の当たりにして、そして確信した。彼こそ名探偵だと。
以来、私、本郷学園高校三年、石上誠司は、高校生探偵、乱場秀輔のワトソンとして事件現場に同行するようになり、こうして彼の事件簿を書き残すことを自らの使命と決めたのだった。