存在価値は人間以上、感受性は人間以下
泰造の目の前に、一糸まとわぬ姿のブロンドヘアーの少女が転送された。
「お、おい、まずはこれを着ろ」
彼は自分の手の届くところに放置されていたジャージを手に取り、それを着るように促した。
「りょうかいしました やすみさま」
少女はそう答えると、黙々とジャージを着始めた。少女は幼く、十歳前後の人間の容姿をしている。彼女は美しい顔立ちをしていると同時に常に無表情であり、その雰囲気はさながら人形のようだった。彼女の肌は色白く、その体つきはやや細めだ。
泰造はいくつかの質問をした。
「お前は一体何者なんだ?」
「あなたの めいれいに したがう いきものです ぜんりょくは だしますが むずかしすぎることは ぶつりてきに できません」
「お前は、俺の七千円で生まれたのか?」
「いいえ もとあった にくたいが つくりかえられた だけです わたしは『だれかに ひつようとされる』というねがいごとに おかねを はらった もとにんげんです」
「今は人間じゃないのか?」
「このからだに なったときに ちのうが ていかしたので それは わかりませんが わたしは やすみさまに ひつようとされるためだけの そんざいです」
「…………そうか。ものを手伝うための知識や技術はあんの?」
「かじぜんぱんと だんじきと やすみさまの よとぎの あいてを こなせます ひにんや しょくじは ひつようありません」
この少女は、完全に持ち主にとって都合の良いだけの存在であった。彼女の切なる願いは、あまりにもいびつな形で実現したらしい。
彼女の話を聞き、泰造は少しばかり優しくなった。
「下の世話はしなくて良いよ。家事さえやってくれれば俺は満足だから。後、その『八角様』っての、やめてくれよ。泰造で良いって」
「タイゾー…………ですか?」
「うん。それと、お前のことはメアリーって呼ぶよ。俺はお前のことを人間だと思ってるし、お前もただの道具扱いをされるのは嫌だろ?」
「わたしは ねがいごとで こころを けされたので ふかいかんを おぼえません」
「そうなのか…………」
彼は少しばかりメアリーに同情した。
しかし、彼が彼女を使わないかどうかはまた別の話だ。
「じゃあ部屋の掃除やっといて」
「わかりました」
メアリーは彼の指示に従い、すぐに掃除を始めた。
「俺の親が来たら隠れるんだぞ?」
「ステルスモードになっておきましょうか?」
「そんなことが出来るのか?」
「しょゆうしゃが じどうぎゃくたいで つかまったら わたしは だれからも ひつようと されなくなるので わたしは このよに そんざいしないという ていを たもたないと いけません」
彼女の性能は、あまりにも極端な形で「存在意義の確保」に偏っていた。
「なるほど、確かにそうだな。じゃあ、俺の親が家にいる時はステルスモードでいてくれ」
「かしこまりました」
メアリーはジャージごと透明になり、不平不満の一つも漏らさずに部屋を掃除した。彼女はゴミと必要なものを正しく区別し、漫画も出版社ごとに分けて収納していた。
今のところ、泰造は何一つ損をしていない。
(こりゃあ良い。生きるのがだいぶ楽になるじゃないか)
この日の夜、彼は無事にすき焼きを食べることが出来た。
それからというもの、泰造の怠け癖は日々悪化していった。それと同時に、メアリーもまた彼から多くを学んでいった。
「のまずくわずでも いきていけます」
「まあまあ、美味しいから食べてみろ。マスカット味のグミ」
「おいしいって…………?」
「味が良いってことだよ。美味しいってのは、幸せなことなんだぞ」
「わたしには『しあわせ』はわかりません」
「まあ、食べてみろって」
「はい」
彼女は泰造に言われるままにグミを食べた。心なしか、彼女の頬は少し緩んでいるようだ。
「良いモンだろ? これを全部食べきったら、次はゲームでもやろうぜ」
「めいれいならば やります まだ ルールは うろおぼえですが」
「命令じゃないけど、ゲームが楽しいことだから誘ってるだけだよ」
「『たのしい』は しあわせですか?」
「ああ、俺もお前も楽しければ、俺は幸せだよ」
彼はそう言ったが、メアリーにはまだ「楽しい」という感情を理解することは出来なかった。