労力と見返り
月日は流れ、英一はいよいよミカに告白した。
「僕はずっとミカのことが好きだったんだ。気の利いた言葉は思いつかないけれど、これが僕の本気の気持ちだ。ミカさえ良ければ、僕と付き合って欲しい」
彼が思いを打ち明けた場所は、学校の屋上――――言ってしまえばベタで時代錯誤でひねりのないパターンだ。
ミカの返事はこうだ。
「ごめんね。私、他校の男子と付き合ってるんだ。でも、気まずさとかそういうのは忘れて、これからも友達としてやっていけたら嬉しいな」
もし彼女に恋人がいなければ、英一にも希望はあったのかも知れない。思わぬ形で失恋した英一は肩を落としてうつむいた。この瞬間、彼は声が出なかった。
――――そんな日の夜。
漫画やゲーム機の散らかった狭い部屋の中で、英一は音楽を聞いていた。彼はため息をつき、机に突っ伏していた。
彼の部屋にちょきんぶぅが現れたのは、まさにそんな時だった。
「本当にあの子を落とさなくても良かったぶぅ? 彼女は君の見ていないところで、君の知らない男と何度も肌を重ね合っていてもおかしくはないぶぅ」
「うるさいな。放っといてよ」
「心が傷ついているなら、自分の心を爽快にする願いを買うという手もあるんだぶぅ。それに、労力を費やしたのに見返りの一つもないんじゃいくらなんでも報われないぶぅ。樋口英一――――君は頑張りすぎたんだぶぅ」
「…………それもそうだね。僕はここまで頑張ったんだし、ちょっとくらい自分へのご褒美を買っても良いよね。ちょきんぶぅ、カタログを見せてよ」
この時、英一は冷静さを失っていた。彼は失恋したことや努力が水の泡になったことにやり場のない怒りと悲しみを覚え、心の奥底で絶望にあえいでいるのだ。
「わかったぶぅ」
ちょきんぶぅは彼の頭に願い事カタログを装着した。
英一は願い事にざっと目を通し、財布から千円札を取り出した。
「ちょきんぶぅ…………僕が間違っていたよ。僕は『夢は自分で叶えるもの』とか『見返りを求めない愛』とか、そういう邦楽の歌詞みたいな綺麗事に騙されてたんだ」
「やっと目が覚めたみたいで安心したぶぅ」
「だから、この千円の『山田みかを好きに出来る』っていう願い事を叶えて欲しい」
彼はちょきんぶぅの背中に千円札を入れた。
その数分後、ミカが彼の家を訪れた。英一が玄関の扉を開けるや否や、彼女はすぐにその場で倒れた。英一が彼女の体を揺すっても、反応は一切ない。口の前に手をやっても息はなく、胸に触れても心拍はない。
「死んでる…………!?」
彼は息を呑み、青ざめた顔でちょきんぶぅの方を見た。
ちょきんぶぅは言う。
「死人に口なしだぶぅ。やりたいようにやれば良いぶぅ。外傷は一切ないし体内にも毒はないから、君が殺人を疑われることもないぶぅ!」
そいつの言い分は間違ってはいない。しかし、それが腑に落ちないというのもまたもっともな話であろう。
「ふざけるな! ミカを返せ! こんなの、僕の望んだ結末じゃない! いくらだ? いくら出せばミカは生き返る!?」
英一はちょきんぶぅを乱暴に掴み、鋭い眼光で睨みつけた。しかし、ちょきんぶぅは意に介していない様子だ。
「ぶぅたちが願いを叶えられるのは、一人につき一つまでだぶぅ。それに、願い事がどういう形で実現するかはぶぅにも予測が出来ないぶぅ」
「く…………くそっ……………………」
英一の恋は失敗に終わり、彼の願いは絶望をもたらした。
*
同じ頃――――人目に付かない路地裏では、黒髪の少女がたくさんのちょきんぶぅを破壊していた。ただし、普通の人間には出来ない方法を使って。
「恨むなら、法で裁けない罪を犯すことにお前たちを利用する人類を恨むんだな」
彼女がそう言うと同時に、その周囲には数十個ものボーリングの球が浮遊した。そして、その一つ一つは銃弾のような速度で宙を舞い、ちょきんぶぅを次々と粉砕していった。
彼女は念力が使えるらしい。
陶器のように割れたちょきんぶぅの体からは、紙幣や硬貨が溢れ出ていた。
「これで全部…………か」
自分の目の前のちょきんぶぅが全滅したことを確認すると、黒髪の少女はその場を後にした。