注意事項
祐介は自分の脳内に送られた「願い事カタログ」を見ていた。彼は少し怪訝な顔をし、首を傾げていた。
「どうしたんだぶぅ?」
「いや…………なんか結構高い願い事とかいっぱいあるのに、人を殺したりする願い事だけ妙に安いなぁって思って…………」
「そんなの当たり前だぶぅ。命を奪うという行動は刑罰に対する恐怖や罪悪感によってためらわれるだけで、物理的には至極簡単なことだぶぅ。ぶぅの力なんか借りずに人を殺して逮捕されてるような奴だってごまんといるぶぅ。ものを壊すコストは、ものを作るコストよりも遥かに低いんだぶぅ」
そう語ったちょきんぶぅは無表情だった。それには生き物と呼ぶにはあまりにも無機質で、無機物と呼ぶにはあまりにも明確な「意思」が存在していた。
「そ、そうか…………お前結構怖いな………………」
「害虫や害獣の命を奪っている人類が自分たちの命だけを特別視していることの方がぶぅには理解出来ないぶぅ。自分ひとりの命だけを大事にするのが一番理にかなってるはずだぶぅ」
「まあそれなら仕方ないけど…………俺は例え値が張っても、もっと平和な願い事で良いかな」
「どんな願い事であれ、対価と責任が発生することに違いはないぶぅ。願い事をしっかり見定めて、後悔のない選択をするんだぶぅ」
「ああ、ありがとう」
それから数分後、祐介はある願い事に目をつけた。
「この五千円の『毎日冷蔵庫に可食期間内のカレーライスが三皿追加される』って、カレーの種類は指定出来るの? 俺はビーフカレーが良いんだけど…………」
「いや、願い事がどういった形で叶うのかはぶぅにもコントロール出来ないんだぶぅ。だから運が良ければビーフカレーを食べられるし、運が悪ければあんまり美味しくないカレーを食べることになるぶぅ。でも少なくとも『可食期間内』ということは確定しているし、腐ったカレーライスを食べることにはならないはずだぶぅ」
どうやら、ちょきんぶぅ自体には願い事の詳細を決める力がないらしい。
「だったらそれで良いや。俺には嫌いなカレーなんてないしな」
「一枚の皿の大きさは指定されてないし、満足出来る量のカレーライスを食ベることが出来る保証はないぶぅ。でも、どの願い事も多少の曖昧さはあるし、リスクの少なさを考えれば無難な願い事だとは思うぶぅ」
「ああ、わかった」
祐介はちょきんぶぅの背中の投入口に五千円札を入れた。それと同時に、彼の頭部を覆っていたホログラムのようなヘルメットも消えた。
「じゃあ、ぶぅは他の利用者を探してくるぶぅ」
ちょきんぶぅはそう言うと、祐介の部屋の窓から飛び出していった。
その数分後だった。
「祐介、ご飯よ」
これは彼の母親の声だ。祐介はすぐに立ち上がり、食卓に向かった。
テーブルに置かれていたのはポークカレーだった。
(これ、願い事の効果かな? 俺はビーフカレーが食べたかったんだけど、まあもしこれが願い事の結果なら申し分はないな。量も普通に一人前だ)
彼の口の中で、唾液が分泌された。彼の眼前のポークカレーからは湯気が立ち、食卓にはスパイスの香りが充満している。水っぽさも過度な粘り気も粉っぽさもない上質なルウのかかった白米は、照明を反射し光沢感を持っていた。
「いただきます!」
祐介は夢中になってカレーライスを貪った。
その目の前で、彼の母親は少し困惑していた。
(変ねぇ。私、カレーライスなんか作り置きしてたかしら。まさか、まだ還暦も迎えていないのにボケたわけじゃないわよね、私)
このポークカレーは、まぎれもなく願い事によって生まれたようだ。祐介の願いは、比較的まともな形で実現した。