追走劇
梨桜は言った。
「私はもう、お前に神を敬えとは言わない。だが、お前の積み重ねてきた罪は、お前の命で償ってもらう」
彼女は目を青く発光させ、念力で無数の瓦礫を操り始めた。建物の破片の一つ一つは閃光の如し速さで飛来し、それらは自由自在に動くことの出来る弾幕と化していた。もはや、この弾幕を避けることの出来る隙間はない。
――――そう、この弾幕を「避けること」は出来ない。
この弾幕は周囲に散らばった乗用車や人間の死体を減速することなく貫通していった。その威力は桁外れだ。しかし、業火に焼かれて血の止まった和沙にとって、そんなものは恐れるに足らなかった。
「なんだそれは…………節分の豆まきか?」
彼女は全身の筋肉に力を入れた――――ただそれだけだった。瓦礫の一つ一つは、彼女の身に傷一つ付けることすら出来ずに粉々に砕けていった。それから、和沙は何事もなかったかのようにその場を後にした。
「逃がさない…………」
梨桜は軽トラックの荷台に飛び乗り、念力で車体を浮遊させながら彼女を追った。
二人のスピードはハヤブサの如しだ。
和沙は高速道路を走り抜けていった。道路は梨桜の念力によって大型自動車などで叩き壊されていったが、和沙は落ちていく車体を足場にしつつ猫のような挙動で突き進んでいった。
(もうすぐ、僕は美希に会えるんだ…………!)
時折、彼女の頭上からは車や道路の残骸が降り注ぐこともあった。そのため、彼女は別の車を両手で持ち上げ、傘の代わりに使うことにした。次第に、周囲の街並みは綺麗になっていく。いよいよ、二人は怪物の被害を受けていない地域に突入したようだ。和沙は少し安堵した。
(流石に、あの超能力者だってこれ以上地形を破壊するわけにはいかないだろう。後は人混みに紛れ込むだけ…………それだけで僕の身の安全は保障される。美希一人のために罪のない命を犠牲にすることを忌避する奴なら、僕一人のために他人の命を犠牲にすることもまた忌み嫌うはずだ)
彼女の読みは的中していた。生存者や形の残った建物の増えてきたこの地域では、梨桜の攻撃の手段も限られてしまう。もちろん、超能力者である梨桜はその思惑に気付いていた。しかし、気付いたところで対処する手段がないのもまた事実だ。
(クソッ……全てがアイツの思い通りだ。無関係者や建物を巻き込まない程度に手加減した攻撃なんか、アイツには――――あの白尾和沙には通用しない。私には……あの女を倒せないのか…………)
飛行する軽トラックの荷台の上で、梨桜は膝から崩れ落ちた。彼女の目の前で、和沙は街の中へと消えていった。
*
やがて、和沙は自宅にたどり着いた。この時、街は寝静まりかけていて、空は少し暗くなっていた。彼女の自宅にあるガレージには、約三十体のちょきんぶぅが集まっている。その内の一体が、彼女の方へとにじり寄ってきた。
「本当に、一人であの化け物を倒してきたのかぶぅ?」
その質問に、和沙は小さく頷いた。彼女はおもむろにバールを拾い、三十体のちょきんぶぅを次々と叩き割っていく。そして、彼女は大型ちょきんぶぅを隠していた布を引き剥がし、ちょきんぶぅたちの体内に入っていた金をそいつの背中に差し込まれた漏斗の中に流し込んだ。
「…………これで、五千万円は揃ったか?」
「揃ったぶぅ。願い事は…………『柊木美希を生き返らせる』で良いのかぶぅ?」
「ああ、叶えてくれ――――ちょきんぶぅ」
ガレージの中は、真っ白な光に包まれた。




