死後
柊木美希の願い事により、灰賀孝一は他界した。彼の目の前には、どこまでも続く真っ白な空間が広がっていた。
(なーんだ。俺、死んだんだ)
孝一は現状を察したものの、決して取り乱しはしなかった。その背後から、何者かが語り掛けてきた。
「君はとんでもない業を背負って死んでしまったね。これじゃ地獄行きだぶぅ」
そこには、全身にひびの入ったちょきんぶぅがいた。孝一はその場に腰を下ろし、そいつと話をすることにした。
「まあ、もしも地獄があるならば、短命だった俺はラッキーだよ。だって、息をすることと罪を背負うことは同じだもの」
「なんで早死にするとラッキーなんだぶぅ?」
「要するに、人は長生きすればするほど罪をたくさん背負うってことさ」
彼の微笑みは余裕に満ちていた。まるで、彼がたった今死んだばかりなのが嘘だったかのように。ちょきんぶぅには彼の言葉の意味するところがわからなかったが、彼が死を恐れていないことだけははっきりとわかった。
「存在するだけで罪ってことかぶぅ?」
「違うよ。十五で死んだ俺の罪より、俺に踊らされた連中がこれから死ぬまでゆっくりと積み重ねていく罪の方が重くなるに決まってるじゃないか。俺が加害者で、アイツらが被害者なのにも関わらずね」
「罪に対して平等なのか不平等なのかわからない話だぶぅ」
「ははは、そうだね。だから俺は『ラッキーな部類』なのさ。強いて未練があるとしたら、せっかくの大金を贅沢に使いきれなかったことかな」
自らの命を失うことになってもなお、孝一はまるで反省していなかった。これまで様々な人間を見てきたちょきんぶぅも、彼の邪悪さには戦慄を覚えざるを得なかった。彼が中学生であることを差し引いても、その性格の悪さは常軌を逸していた。
「灰賀孝一……君は、ぶぅたちが見てきた中でも最低な人間だぶぅ」
「おいおい、アイツらだって死ぬ前にちゃんと贖罪すれば罪は軽くなるんだから、結局はアイツらも俺と同類だろ。もっとも、人間が罪を重ねるのは、贖罪よりも忘却を優先するからなんだけどね。だから人間は同じ過ちを繰り返すんだよ」
「愚かな生き物だぶぅ」
「今更かよ。そんなこと、君が一番知ってるはずじゃん」
「……そろそろ、時間だぶぅ」
孝一とちょきんぶぅの体は、徐々に消えていく。
「そうだね。じゃあ、俺は地獄に行くよ。もっとも、仮に短命だった俺の背負う業如きで地獄行きだったら、世の大人たちも全員地獄行きになるだろうけど」
「ずいぶん割り切ってるみたいだけど、もし時間を巻き戻せるとしたらどうするんだぶぅ?」
「そうだねぇ。どうせ社会人になる前に死ぬなら学校に行く意味も無いし、国内旅行にでも行って美味しい高級料理でも食べるよ」
「清々しいほどのゲス野郎だぶぅ……」
両者は取り留めのない話を終え、白い空間から完全に姿を消した。
*
美希と孝一が死んだ翌日、和沙は校舎の屋上で他のちょきんぶぅと揉めていた。
「五千万だと!? なんでそんなにかかるんだよ…………美希を殺した奴も、そんな大金をかけてまで美希の命を奪ったのか!?」
「形あるものを壊すよりも、壊れたものを元通りにする方がコストはかかるに決まってるぶぅ」
激高する彼女とは対照的に、ちょきんぶぅは極めて冷静だった。
「なんで……あんなクズどもが生き延びて……美希が死なないといけないんだよ!」
「逆に聞くけど、どうして君たち人類が生き延びて、人類に害獣と定義された動物は死なないといけないんだぶぅ?」
「屁理屈だ! 詭弁だ! そんな戯言は責任逃れだ!」
「ぶぅに言われても困るぶぅ。ぶぅの叶える願い事がどんな形で実現するかは、ぶぅ本人にだってわからないんだぶぅ」
「…………」
和沙は押し黙り、悔しそうに歯を軋ませた。肩と握り拳を小刻みに震わせつつ、彼女は瞳に憎しみの炎を宿していた。
「ぶぅに当たり散らしても柊木美希は帰ってこないぶぅ。柊木美希を生き返らせたいなら、せいぜい五千万円を稼げるように臓器を売り飛ばす方が賢明だぶぅ。それが嫌なら売春でもすれば良いぶぅ」
「……いや、別の稼ぎ方がある」
「ぶぅ?」
――――この日を境に、和沙は金を集めるべくちょきんぶぅをばら撒き始めた。




