相打ち
和沙が猛威を振るうようになってから約一ヶ月が経った。この間にも、生徒たちは様々な願い事で彼女を倒そうと奮闘した。彼らは「白尾和沙が死ぬ」「白尾和沙という存在が消滅する」「白尾和沙の心身が弱体化する」「白尾和沙の脳の三割が死ぬ」などの願い事を買っていったが、いずれも彼らの狙っている白尾和沙には影響を及ぼさなかった。
ついに、彼女を潰すための願い事を買った生徒の内の一人が、ちょきんぶぅに真相を尋ねた。
「どういうことだよ! 俺はちゃんと金を払ったのに、なんで白尾の奴は死んでねぇんだよ!」
「いや、白尾和沙は死んだぶぅ。ただし、死んだのは君たちがいつも見ている白尾和沙とは違う白尾和沙だぶぅ」
「は? 同姓同名の別人でもいたっていうのか?」
「いたというよりは、生まれたんだぶぅ。君たちが白尾和沙を殺したり弱体化したりしようとするたびに、時間軸が分岐していったんだぶぅ。そして、その分岐先の白尾和沙が君たちの願い事の影響を受けてきた……というわけだぶぅ」
そいつの説明に、男子生徒は納得がいかなかった。
「ふざけるな! なんで時間軸がそんなにアイツにとって都合の良いように分岐するんだよ! そっちの方が明らかにコストも大きいだろうが!」
「もちろん、そんな不安定な形で生まれた時空はいずれもすぐに消滅していったぶぅ。本来、ぶぅが願い事を叶えることで時間軸が分岐してしまう確率は一パーセントにも満たないはずなんだけど、彼女の強い意志はその確率をことごとく覆していったんだぶぅ」
「くそっ…………あの化け物め………………」
「それと、時間軸を分岐させること自体にそこまで大きなコストは発生しないぶぅ。量子論の観測問題――――といっても君には難しいだろうけど…………本来は観測による波動関数の収縮で一つのパターンに『収束』するはずだった時空が、願い事によって一時的に『重ね合わせ』の状態を保っただけなんだぶぅ」
「…………壮大すぎて頭が追い付かない話だが、俺はこれで納得するしかないのか…………」
彼は不本意ながら、ちょきんぶぅの話をよく理解出来ないまま白尾和沙の殺害を諦めることにした。
*
ある日の昼休みに、一人の女生徒がちょきんぶぅから願い事を買った。彼女は右腕と左足に包帯を巻いており、片目には眼帯をしていた。彼女とそいつは人目につかぬよう、体育館の裏で話をしていた。
「『柊木美希が死亡する』――――確かに叶えたぶぅ」
「ふふっ…………ありがとう。白尾和沙を殺せないのなら、アイツにとって最も大切なものを壊すのが何よりも賢明だよね」
満身創痍の少女は不敵に笑い、左手でちょきんぶぅの頭を撫でた。
同じ頃、美希は学校の惨状を憂えていた。校内では相変わらず争いが絶えず、不登校児も続出している。生徒たちが願い事を買い、互いの肉体を破損させあったり家を燃やしあったりする中、彼女だけは平和を願っていた。そんな彼女が勉強道具を持って図書室を訪れた時、そこにはちょきんぶぅがいた。
「ちょきんぶぅ…………」
「その顔、何か悩んでいる顔だぶぅ」
相変わらず、どの個体も察しは良いようだ。美希は鞄から財布を取り出し、そいつに真剣な眼差しを向けた。
「願い事カタログを見せて」
「わ……わかったぶぅ…………」
彼女の気迫に、思わずちょきんぶぅも圧倒された。美希はそいつに構うこともなく、すぐに願い事を決めた。
「三千円の……『自分の身の周りで起きている最大の問題の根を絶つ』を叶えて」
彼女はそう言うと、そいつの背中に五千円札を投入した。投入口からは、二枚の千円札が排出された。
*
その日の晩、二人の生徒が亡くなった。一人は柊木美希――――彼女は原因不明の火災によって息を引き取った。もう一人は、灰賀孝一。彼は嬉々とした顔で札束を数えている最中に、同じく原因不明の心臓発作によってこの世を去った。




