混沌
孝一が力を手に入れてからというもの、彼の学校では争いが絶えなかった。案の定、数多くの生徒がちょきんぶぅに金を払い、そのたびに新たな憎しみが生まれていった。ある者は人を病死させ、ある者は恋人を作り、それを寝取ることに金を払う者まで現れた。
ある日の晩――――孝一は自室のベッドに腰を下ろし、ちょきんぶぅたちにこう言い聞かせた。
「満杯になるまで願いを叶えてきたちょきんぶぅにはボーナスがあるから、体内の金は処分しないでおいてね」
彼の言葉を信じ、ちょきんぶぅたちは競い合うように彼の学校で願い事を売り続けた。この生き物たちは、まだ孝一の思惑には気付いていないらしい。
(バーカ。俺が潰したいと思ってる相手なんて、一人もいないよ)
孝一は内心、そいつらのことを見下していた。しかし、ちょきんぶぅたちはそんな彼の本心を知らない。より多くの人々に願い事を売ることの出来る今の環境を、そいつらはただひたすらに喜んでいた。
次第に、校内は地獄絵図と化していった。何人かの生徒は腕や足を失っていた。中には、他の生徒の願い事によって知能を奪われ、特別支援学級に入れられてしまった者もいた。この異常な事態に、教師たちは頭を悩ませていた。
「もしかしたら、本当にちょきんぶぅというものが存在するのかも知れませんな。こんな非科学的な異変は、いっそ人智を超えた存在を仮定した方がまだ説明がつくといったものです」
「それでは、保護者の方々にはどう説明するのですか。豚の貯金箱のようなふざけた存在が実在するとでも断言するつもりでしょうか」
「保護者方には、我々が原因を調べながら状況を改善していく方針だと伝えておきましょう」
「そうですね……しかし、本当に何も手掛かりは掴めませんね…………」
なお、彼らが灰賀孝一を疑ったことは一度もなかった。彼らにとって、孝一は礼儀正しい優等生以外の何者でもなかったからだ。
孝一も何度か争いに巻き込まれそうにはなっていたものの、彼には争いを避ける手段があった。彼は誰かに敵意を向けられるたびに、願い事で手に入れた能力を使ってその人物を他の人物と争わせているのだ。他にも、彼は自分の身を守るため、相手の体内の抗体と細菌との間に争いを生みだすこともあった。そう――――彼の得た能力には、相手を病に感染させる力もあったのだ。しかし、孝一はその手段をみだりに振りかざすつもりはなかった。何故なら、その力の存在は彼のついている「嘘」と矛盾してしまうからだ。
(俺がその気になれば、どんな人間も病死させられるし、それをちょきんぶぅに悟られたら俺の真の目的も気付かれかねないだろう。何せ『潰したい奴を共倒れさせるためにちょきんぶぅをばら撒いている』という建前が通用しなくなるからな)
彼は悪巧みばかりしているが、それが顔に出ることはない。彼は善人のふりをするのが上手く、誰もが彼を「優しくてフレンドリーな少年」だと思い込んでいる。
*
孝一が生み出していった争いには、あの少女も巻き込まれていた。白い髪が特徴的で、驚異的な身体能力を誇るあの少女――――白尾和沙だ。しかし、この当時の彼女はあまり争いに興味を抱いていなかった。ましてや、願い事を購入することによる攻撃となると、誰が攻撃を仕掛けてきたのかを判断する方法もない。彼女はただ、持ち前の抗体であらゆる病原体を瞬殺し、雷に打たれたり車にはねられたりした翌日にも五体満足の体で学校に来るだけだった。
「和沙はどうしてそんなに強いの?」
彼女にそう尋ねたのは、栗色の髪を三つ編みに束ねた、黒縁の眼鏡の少女だった。この少女は和沙の親友で、その名は柊木美希。
彼女は、後に和沙の人生に大きく関わっていくこととなる。
和沙は自分の過去を打ち明けた。
「昔、よく喧嘩してたからだよ。ほら、僕って髪が白くて目が赤いだろ? 僕は生まれつきメラニン色素が欠乏しているんだけど、それが原因で小さい頃はよくからかわれたりしたんだ」
彼女は自嘲的な愛想笑いを浮かべつつ、指先で自分の前髪をこねくり回した。そんな彼女の頭を、美希は優しい手つきで撫でた。
「私は好きだよ…………和沙の髪。白くて、綺麗で、可愛いと思う」
「か…………可愛いって、僕が? そんなわけないよ」
和沙は伏し目になり、頬を赤らめながら視線を逸らした。美希は彼女の頬を人差し指で小突き、無邪気な微笑みを浮かべた。




