法で裁けない悪
梨桜は衝動的に超能力を使っていた。彼女の目が青く光ると同時に、その近くを通りかかっていた大型トラックが紅林茂の方へと突っ込んでいった。
トラックのコントロールが失われたことにより、運転手はかなり混乱している。というのも、彼は梨桜が超能力者であることを知らないからだ。彼女は念力を使い、トラックの動きを操っていた。運転手は必死にブレーキを踏みしめていたが、その速度は時速百キロメートルを超えていた。
(止まってくれ! 俺は死にたくないし、誰のことも殺したくない!)
そんな祈りも虚しく――――
――――彼のトラックは一瞬にして茂を跳ね飛ばした。
その場には、茂の四肢や血肉が飛散していた。そして彼一人が死ぬと同時に、トラックの動きは急に止まった。その反動により車体は大きく揺れ、運転席からはエアバッグが出てきた。
(い、今のは……一体…………? あんなにスピードが出ていたのに、こんな急に止まるなんて!)
幸い、運転手に怪我はなかった。しかし、彼は自分が赤の他人を轢き殺してしまったと思っているため、非常に青ざめた顔をしていた。
この光景を前に、梨桜は生唾を飲んだ。この日、彼女は初めて殺人の罪を犯したのだ。彼女はばらばらになった遺体に目を遣り、恐怖を覚えた。
(あれが…………さっきまで動いていたんだ。あれがさっきまで腕時計を見つめ、誰かをここで待っていたんだ。それがたった一瞬の間に…………これが、人が死ぬということなのか………………)
ありのままの現実を呑み込めず、彼女はその場で硬直した。
*
あの運転手がその後どうなったのかを梨桜は知らない。ただ、何の罪もない彼が法的に裁かれてしまうことを想像し、彼女は自らの行いを後悔していた。その日の晩、彼女は児童養護施設の一室で体育座りをしながら思い悩んでいた。
(私は……人を殺してしまった。殺人犯の娘が、同じ殺人犯になったんだ。そればかりか、私は何も悪いことをしていない無関係者に濡れ衣まで着せてしまった。私じゃないか…………『法で裁けない悪』は………………)
次に、彼女はちょきんぶぅの方へと目を向け、そいつと話をした。
ちょきんぶぅは言う。
「法という抑止力がありながらも殺人を犯した黒羽千冬は異常だけど、法の拘束を逃れている君が父親の敵を討つのは人間として普通のことだぶぅ。ぶぅたちだって、これまでに何度も安い金で様々な殺人を代行してきたぶぅ」
そいつに梨桜を励ます意図があったか否かは定かではないが、そんな言葉は彼女にとって何の救いにもならなかった。
「それは、お前たちが『法で裁けない悪』を生み出しているということか」
彼女は物静かな顔つきをしていたが、その声色には底知れぬ怒りがこめられていた。しかし、ちょきんぶぅがそんな彼女に怖気づくことはない。
「悪になっているのは君たち人類だぶぅ。ぶぅたちはただ願いを叶えているだけだぶぅ。ただ生命活動をしているだけの有機物が死んでもぶぅはなんとも思わないけど、人類の愚かさのせいで生じたことの責任をぶぅに押し付けられても困るぶぅ」
そいつは相変わらず、無機質な雰囲気で無表情を貫きつつ、何のためらいもなく冷淡なことを口走るばかりだ。梨桜はそいつを説得することを諦めた。
「わかったよ。もう、責任を取れとも贖罪しろとも言わない」
彼女はそう言うと、ちょきんぶぅの胴体にハーネスを装着した。
「ん? 何をするつもりだぶぅ?」
「…………」
彼女は黙々と窓を開け、念力でハーネスを浮遊させることによってちょきんぶぅを夜空へと持ち上げた。そして、そいつが雲よりも高いところにたどり着いた時、彼女は念力を解いた。
「ぶぅ!?」
ハーネスを装着されたちょきんぶぅはそのまま落下し、地面と衝突すると同時に粉々に砕け散った。そいつが粉々のガラスの破片のような姿になったのを確認すると、梨桜は静かに窓を閉じた。
「どうやら、お前たちを人間と同じ土俵で考えていた私が愚かだったようだな。私はお前たちを『危険物』として処分すべきらしい…………私のような『法で裁けない悪』をこれ以上増やさないためにもな」
この日、彼女はちょきんぶぅを滅ぼしていくことを胸に誓った。




