豚のような男
「食い過ぎだ、馬鹿」
「肥えて腹に脂肪を溜めるからお前は肥溜めだな」
「だからお前がいる時の割り勘は嫌なんだよ!」
ここは日曜のカラオケボックス――――時刻はちょうどお昼時だ。
その一室では、三人の少年が一人の太った少年を責めていた。
彼らの囲うテーブルの上には、スナック菓子の食べかすの入ったバスケットがある。
「いくらなんでも肥溜めは酷くない? 俺だって太りたくて太ったわけじゃないよ!」
「うるせぇな肥溜め野郎! 蔑称に対してうるさくするとかお前はPTAか何かかよ!」
「そして問題はお前が肥溜めかどうかじゃなくて、お前が俺らのお菓子を食いすぎってことだ」
「そうだそうだ! 太りたきゃ勝手に太ってろ! 太りたくねーなら俺らへの分け前も考えろ! それすら出来ねぇなら今ある臓器を全て病院に提供して精肉工場に飛び込んでこいよ!」
三人は意気投合していた。
太った少年は窮地に立たされていた。
流石の彼らも暴力沙汰を起こすほど荒れている様子ではなかったが、少なくとも少年の心は深く傷つけられたことであろう。体型を揶揄されたことではなく、周りに嫌われてしまったことに。
この太った少年の名は飯塚祐介。彼は筋金入りの食いしん坊で、ご飯は最低でも二回おかわりするほどには食い意地が張っている。そんな彼の暴食は、時に彼の友人を怒らせてしまうのだ。
この日の夕方、友人に散々怒鳴られた祐介はふてくされていた。彼は風に吹かれながら、夕日に照らされた帰り道を歩いていた。
「あんなに怒ることないじゃないか。俺は食べたかった、アイツらは歌いたかった、ただそれだけなのに」
彼の頭の辞書に「反省」の二文字はないらしい。欲望のままに餌を貪る家畜には、分け前を考える脳も己の食い意地に対する後ろめたさもないらしい。
そんな「豚のような男」が「豚の貯金箱のような生き物」と出会ったのは、彼が自宅の前に着いた時だった。
「君、何か浮かない顔をしてるぶぅ。何か悩みでもあるぶぅ?」
その生き物は、ここ最近学生の間で噂になっている「ちょきんぶぅ」そのものだった。
「う、嘘だろ? お前、本当にいるのか!?」
祐介は声を裏返しながら驚いた。
何しろ、彼の目の前にいるのは、確かに都市伝説で語られているあのちょきんぶぅだったのだから無理はない。
彼は目を丸くしながら困惑していたが、ちょきんぶぅはお構いなしだ。
「ぶぅのことを知っているなら話は早いぶぅ。こんなところで話をするのもなんだし、早くぶぅを家にあげるんだぶぅ」
そいつはふてぶてしく祐介に命令し、玄関の扉を開けさせた。
「ただいまー……」
「おじゃまするぶぅ!…………って言っても、ぶぅの姿や声は未成年者である君にしか認識できないぶぅ」
(独り言を言っていると思われそうだから部屋に着くまで話しかけないでくれよ……)
祐介は、ちょきんぶぅを自分の部屋に案内した。
漫画とゲームソフトが置かれた部屋の中、ちょきんぶぅは我が物顔でクッションの上に寝転んでいる。
「それじゃあ、一応ルール確認だぶぅ。一つ、願い事カタログにない願い事を叶えることは出来ない。二つ、叶えられる願い事は一人につき一つまで。三つ、ぶぅたちは未成年者にしか認識出来ない。何か不明な点はあるぶぅ?」
「いや、特にないよ。早くカタログを見せてくれ」
「わかったぶぅ。ぶぅも説明は省略したいんだけど、一応ぶぅにも説明責任というものがあるんだぶぅ」
ちょきんぶぅがそう言うと、祐介の頭にはホログラムのようなヘルメットが映し出された。
「カタログって、脳内に直接送られるんだ…………」
「その通りだぶぅ。と、いうのも、カタログに掲載されている願い事や値段がぶぅの利用者によって異なるからだぶぅ。例えば、ブサイクとフツメンが居たとして、彼らがイケメンになるためのコストが同じだったらそれはおかしいぶぅ。よって、人によって叶えられる願い事とその値段も変わるんだぶぅ」
「夢を叶える存在なのに夢がないなぁ…………」
「低コストにこだわるなら最初から自分にある程度足りていることを願えば良いだけだぶぅ。自分の苦手な分野に張り合おうとするからコストがかかるんだぶぅ。サッカーが得意ならサッカー、絵が得意なら絵で張り合えば良いのに、自分のコンプレックスにばかり目が行く連中は人生という勝負で遠回りばかりしてるぶぅ」
「つまり、自分にとって理想の高い目標には、莫大な金か労力がかかるんだね…………」
祐介は少し不服そうな顔をしたが、それ以上の不平は言わずに願い事を吟味することにした。