少女の真意
ちょきんぶぅは言う。
「本当に命が金より大事なら、どうして人類は金をかけてまでゴキブリや蚊を殺すんだぶぅ。難病に苦しむ子供の命を救える金で、どうして嗜好品や娯楽に大金を費やすんだぶぅ。どうして君たち人類は、金を出してまで手に入れた愛玩動物を手放し、それを保健所で殺処分させているんだぶぅ」
そいつの発言に他意はない。それはまぎれもなく、「人類に属さない知的生命体」が抱く純然たる疑問であった。その疑問に対し、梨桜はこう答えた。
「そうだな…………私が命に対して抱いている美学は、単なる自己満足だ」
彼女は自らの価値観を自己満足と言い切った。無論、ちょきんぶぅの質問には彼女を責める意図などなく、彼女もまたそれを理解している。
「何もそこまで言った覚えはないけど、ぶぅの発言が気に障ったならそれは申し訳ないぶぅ」
「いや、言われるまでもなく私自身が自分の感情をエゴと認めただけだ。私はただ、個人的にお父さんが好きで、それ故にお父さんの命を神格化しているんだ。地球上で何らかの命が死ぬたびに黙祷するなんて、そんな途方もない博愛主義を貫くつもりはない。私はお父さん一人の命を何よりも尊ぶ…………ただそれだけだ」
「その価値観から導き出された答えが、どうしてあえて父親を蘇らせないことになるんだぶぅ?」
「お父さんは人間として生き、人間として死んだ。私は、そんなお父さんをゾンビにするつもりなんか毛頭ない」
梨桜の真っ直ぐな眼差しは、決して迷いを感じさせなかった。彼女は、愛する父親を蘇らせないことを心に誓っていた。
「やっぱり人間の価値観は理解に苦しむぶぅ。肉体が一回も死んでいないか一度生き返ったかなんて、処女か非処女かくらいの違いしかないぶぅ」
「お前がなんと言おうと、死は『人間』であることの証だ」
彼女はそう断言し、願い事カタログに目を通していった。
今の彼女が最も抱いている感情は、ある男に向けた殺意だ。
(私の一番の願いは、紅林茂に復讐すること………………だが、それではアイツ一人が死ぬだけだ。警察の手に負えない悪人はアイツの他にもごまんといるし…………法は全能の神様なんかじゃない。ならば、私は………………)
彼女はなけなしの五千円札と千円札を一枚ずつ取り出した。この金は、梨桜の父親が彼女のためにとっておいた遺産の一部である。彼女はふと瞳を閉じ、今は亡き父のことを思い出した。
*
「梨桜。もし父さんの病が悪化して父さんが死んだ時は、家の金庫を開けてみなさい。はした金だけど、何かの役には立つはずだよ」
「え!? でも…………」
「父さんは、お前に感謝してるんだ。今まで父親らしいことは何もしてやれなかったけど、せめて死ぬ時くらいは梨桜にお礼をしてやりたかった。金庫を開ける数字は9215…………ポケベルの2タッチ入力と言ってもお前にはわからないかも知れないが、この数字は『りお』って意味だ。このパスワードは、母さんにも内緒だよ」
「ありがとう……お父さん…………」
*
梨桜はゆっくりと瞼を開き、眼前の豚の貯金箱のような存在に目を遣った。
「お、願い事が決まったのかぶぅ?」
「ああ。六千円の『強力な超能力を使いこなせるようになる』を叶えてくれ。お父さんを救えなかった国家の犬どもに代わり、私は『法で裁けない悪』をこの手で根絶やしにする。無能な公僕が税金で腹を肥やしている傍らで、私はなけなしの金をかけてでも秩序を守ってみせる」
彼女はそう宣言し、ちょきんぶぅの背中に六千円を投入した。
――――かくして、黒羽梨桜は超能力者になった。
(お前は終わりだ…………紅林茂)
彼女は闘志を燃やし、拳をぐっと握った。




