光と影
「学年一位は相変わらず聖也か」
「全教科で満点を取るくらいのことはしないと、アイツとは並べねぇだろうな」
「アイツ、全然勉強してるところは見ないのにな…………」
ここはある私立の高等学校。そこの生徒は皆、ある一人の男を慕っている。その男の名は神子柴聖也――――彼は才色兼備で人望もある男だ。彼は非の打ち所のない美少年で、女生徒からも人気である。
「良いな、頭良くて」
「聖也ってなんでも出来るよね!」
「勉強もスポーツも出来て顔も良くて、彼女もいるもんね。スペック一個くらいわけてよー」
超人という言葉は、まさに彼のためにあるようなものだろう。
「聖也!」
彼の腕に、一人のポニーテールの美少女がしがみついてきた。
「人前だよ?」
聖也はそう言ったが、彼女は人目を気にせずに彼に甘えるばかりだ。
「自慢のカレだから見せびらかすんだよ? 聖也のSでS極、ナオのNでN極の磁石だもーん!」
「やれやれ、ナオがこの調子じゃ僕まで巻き添え食ってバカップル扱いされちゃうよ」
彼は苦笑いを浮かべていたが、まんざらでもなさそうだ。
「良いなぁ。私も彼氏欲しい」
「お似合いのカップルだよねー」
「うらやましいなー」
周りの女子に褒められ、二人は上機嫌だ。
しかし、彼のクラスには、それを良く思っていない者もいる。
(なんでも出来る奴は良いよな。俺のように才能も頭脳もない人間は、死ぬまで『有能な連中』を輝かせるための舞台装置だもんな)
その人物の名は浦山秀平。彼は聖也とは正反対で、知能も運動神経も美貌もなければ芸術的なセンスもない少年だ。その上、彼は背も低く太っているため、容姿だけでも異性に嫌われやすい。聖也が人々に尊敬されている一方で、秀平は周りに見下されている。
彼は聖也を見ていただけだが、その周りにいた女子は彼の視線を嫌った。
「キモ。こっち見んなよ」
「お前は外見がセクハラなんだよ。あっち行けよ」
「てかなんで学校来てんの? 早く帰れば?」
美男美女のカップルに向けられていた憧憬の眼差しが、一人の落ちこぼれに向けられた嫌悪の眼差しに豹変した。
(人間って腐ってんな)
秀平はそう思いながらその場を後にした。彼もその「腐った人間」の一人であることは言うまでもないが、その自覚はあまりなさそうだ。
(俺が本気で暴力を振るえば、あんな女子供を黙らせるくらい簡単なんだぞ? 俺がお前らを相手にしない大人だからって図に乗るな! 雑魚のクセに!)
彼の本心は、悲しいほどに「小物」のそれだ。そんな彼に人望がないのは、彼自身の性格のせいでもあろう。
(それに、神子柴聖也だって勉強が出来るだけで別に頭が良いわけじゃねぇだろ。教科書から学べることは『使えない知識』と『綺麗事』だけだが、世間に綺麗事は通用しねぇ。教育は人間をお人よしでイイコちゃんの馬鹿に改造しようとするが、世にはばかるのは良心の呵責に囚われねぇ利己主義の連中だろうが)
浦山秀平という男は、根っからのひねくれものだ。
しかし、そんな彼にも、一応理解者はいる。
その日の昼休み、秀平は一人の男性教師に悩みを打ち明けた。
「世の中、俺を馬鹿にするような連中がいわゆる人気者で、俺のように誰にも攻撃しない奴は嫌われ者になるんです。澤島先生――――なんで俺ばかりこんな目にあうんでしょうか」
彼は澤島という男を心から信頼している。もちろん、当の澤島は秀平をひいきしているわけではなく、生徒一人一人に対して平等に接しているだけである。
「それは浦山がマトモな人間だからだよ。世の中『良い奴』なんかよりも『嫌な奴』の方が圧倒的に多いし、嫌な奴同士は気が合うからすぐに群れるんだ。その結果、少数派のマトモな人間が腐った連中の標的にされる。戦時中の日本で、戦争に反対した人が非国民と罵られていたのと同じだよ」
彼は秀平の肩を持っているが、それも結局は本人が目の前にいるからにすぎない。だが、それを知っていようといまいと、秀平は澤島を心の拠り所にするしかない。
「そういうモンなんですか…………」
「うん。国のために人権を蔑ろにしていた時代が、社交辞令のために人権を蔑ろにする時代に変わっただけだよ。日本なんて、昔も今も変わらない」
「じゃあ、俺は間違ってなかったんだね…………」
「その通りだよ。民衆が天動説を信じていた時代に地動説を主張したガリレオだって、一歩間違えれば処刑されてたでしょ? 世間じゃ少数派の振りかざす暴力は糾弾されるけど、多数派の狂人が振りかざす暴力は正義だということにされてしまう。俺は、君はあまりにも正しいと思うし、大衆はあまりにも狂ってると思うよ」
澤島の言葉は、秀平の自尊心を保つ最後の砦である。
秀平にとって、彼はこの世界で唯一尊敬出来る大人だった。




