「しあわせ」
ある日の晩、泰造は頭を悩ませていた。
「うーん…………なあメアリー、数学の宿題出来たりしない?」
「べんきょうは ぜんぜんわからないです」
「やっぱそうか………………」
メアリーは家事や性の知識には長けているものの、その他の分野に対する知識量は外見相応らしい。
「おやくに たてず もうしわけありません」
「いや、良いんだよ。誰だって最初は無知だし、わかることを増やすために学習するんだ。だから、わからないことがあったら俺に聞くんだぞ。わかることなら教えてやるから」
「てを わずらわせたら じゃまになります じゃまになるのは ひつようとされることの はんたいのことだとおもいます」
か細い声で囁いた彼女は、少し寂しそうな顔をしていた。今まで心が無かった彼女にも、徐々に心が芽生えてきているようだ。
「俺はメアリーにとって、邪魔か?」
「めっそうもございません」
「俺なんか、メアリーの手を煩わせているどころの騒ぎじゃないよ。いつもいつも、面倒くさいことばかり押し付けてんだからさ」
「だいじょうぶです わたしは『めんどうくさい』をしらないので」
「そっか…………」
この時、泰造は初めてメアリーに後ろめたさを感じた。
おもむろに彼女の頭を撫で、彼は言った。
「…………なあメアリー。もう家事なんかしなくて良いよ。それでも、俺はお前を必要とするから」
その急な心変わりに、思わずメアリーも動揺する。
「わたしの かじに なにか もんだいが あったのですか?」
彼女は不安を隠しきれず、少しばかり怖気づいたような顔を見せた。そんな彼女を安心させるような優しい声で、泰造は真実を打ち明けた。
「いや、メアリーの家事は完璧だよ。でも、これはメアリーにとっては不公平で面倒くさいことなんだ」
「でも タイゾーは わたしを ひつようと してくださるじゃないですか」
「ああ、確かにそうだ。けど、俺は『便利で楽な生活』以上に、お前自身のことを必要としているんだ。俺は一人っ子だから、お前が妹のように思えて楽しかったんだ」
「そんなふうに おもっていただいて わたしは『しあわせ』です」
「俺も幸せだよ。俺だって、最初は面倒ごとを押し付ける相手が欲しかっただけだったけど、そんなものよりももっとかけがえのない人と俺は出会えたんだ。それがお前だよ――――メアリー」
「タイゾー…………」
メアリーは――――初めて一筋の涙を流した。
「だから、もう家事なんか…………」
「ひとりでは もうしません でも タイゾーが かじを するなら てだすけします」
「俺のことなのに、か?」
「タイゾーが しあわせなら わたしも しあわせです まだタイゾーからおしえてもらってなかったけど これが にんげんのいう『すき』なのだとおもいます」
そう囁いた彼女は、目に涙を浮かべながらも、今までに見せたことのない満面の笑みを浮かべていた。
「『好き』――――か。なんだか、ちょっと照れくさいな…………」
「『てれくさい』は まだしりません」
「ま、それはこれから覚えていけば良いだろ」
この日を境に、二人は互いを支え合うようになった。
*
その頃、ある一軒家の脇のガレージの中では、白い髪とパーカーの少女が相変わらず風船ガムを膨らませていた。ただし、今回はちょきんぶぅが三体しかいないようだ。
「約束通り、ぶぅたちは満杯になるまで稼いできたぶぅ!」
「それで、ぶぅたちの喜ぶ褒美って、一体なんなんだぶぅ?」
「気になるぶぅ!」
三体のちょきんぶぅは無表情だが、自分たちの感情を表すかのように跳ねたり転がったりしている。そんな三体の方に、じりじりと詰め寄っていく少女。そして――――
――――――彼女は自らの背後に隠していたバールを構え、ちょきんぶぅたちを瞬時に粉砕した。ガレージの床には、大量の硬貨と紙幣が散乱した。次に、彼女はガレージの隅に置かれた大きな物体を覆っている布を勢いよく引き剥がした。
そこにいたのは、普通のちょきんぶぅの数倍ほどの大きさをした『超大型ちょきんぶぅ』だ。
その体躯は、イノシシの成体のようでもあった。そいつはワイヤーで全身を拘束され、身動きの取れない状態だ。その背中には、手作りの漏斗のようなものが挿し込まれている。漏斗の下部は、五百円玉を一度にたくさん入れても詰まらないくらいには太く作られている。
「…………」
少女は、両腕でかき集めるように紙幣と硬貨を拾い、その全てを超大型ちょきんぶぅの体内に注ぎ込んだ。




