バレンタイン/ノダ君
バレンタイン企画による短編です。
1月の途中だっていうのに、スーパーにはその区画が出現する。
早くない!?
ちょっと、一瞬、息が止まった。今あたしの隣を通り抜けってた親子連れに、変に思われてないよね?こっそり、そうっと、深呼吸。可愛く飾られたその売り場を見ないようにしながら、足早にあたしは牛乳売り場のほうに逃げた。
バレンタインなんて、大嫌い。
そんなイベント、おせっかいすぎるよ。
××××××××
学校帰りの駅。
次の電車まではあと10分。都会だったらもっといっぱい電車が来るのかもしれないな、と思いながら、あたしは冷えきったベンチに腰かける。
「……よう」
ノダ君が、ニコニコ笑いながらあたしのすぐ隣にやって来た。
「今日さー……」
ノダ君が隣に座ったら、他愛もないおしゃべりの時間が始まる。
電車が来るまであと3分。冬のホームは寒いけど、あたし達のおしゃべりは止まらない。電車の中でも盛り上がる。
…………ねぇ、ノダ君。もしも、もしもだよ?
あたしがもしも、勇気を出してバレンタインのあの売り場でチョコを一箱、買ったらさ。
受け取って、くれる?
ノダ君だって、あたしの事そんなには嫌いじゃないよね?わざわざこの広いホームの、改札から一番遠いベンチに座るあたしのすぐ隣に来て、こんなに近くに座ってくれるんだし……。
……やだ、あたし。
思い上がりもはなはだしい。
ミナみたいに可愛くない。
ユキみたいに美人でもない。
ヒトミみたいに賢くないし、ルナみたいに器用な訳じゃない。
あたし、ホントに、普通……。
この気持ちに、気付かれたくない。だって嫌われたくない。
……なら、友達のままでいいや。
ノダ君とのおしゃべりは最高に楽しいけど、いつもみたいにすぐ、電車はあたしの降りる駅に着いちゃった。
「じゃあね」
今日も、バイバイ。
ノダ君に彼女が出来たって、ミナに教えて貰ったのはその次の週の話だ。
××××××××
「……よう」
しばらく一人で電車に乗る事が続いた。今まで毎日ノダ君と一緒に帰ってたから、退屈で仕方がなかった。
前みたいに、はにかんだ笑顔のノダ君。ノダ君は成績がダントツって訳じゃないし、運動がすっごいできるって訳じゃないし、めちゃくちゃカッコいいって訳じゃない。でも、ノダ君の近くにいるとそれだけで楽しい。
ノダ君は、前みたいに駅のベンチで電車を待つアタシのすぐ隣に座る。風が冷たいのに、ノダ君がいる所だけ熱い気がする。
「あれ?今日、彼女は?」
彼女ができたって、知ってるよ?別に友達同士だもん、なんてことないよって顔をして、あたしは聞いてみる。
……なんて汚い女だろう。本当はもしかしてって期待してる。
「……別れた」
ちょっとだけノダ君の表情に影が差したのをあたしは見逃さない。
「あれ?一週間、たってなくない?」
あたしは心が汚いから、ノダ君が別れたって知って大喜びだ。
ねぇ、ノダ君、ノダ君、好きなの。大好きなの。
あたし、ノダ君が大好きなの。
「そんな事よりさ」
楽しい。ノダ君とのおしゃべり、楽しいよ。
もっと一緒に居たい。
手を、繋いで、みたい。
声がくすぐったいよ。
ノダ君の笑顔を見るとね、胸が苦しくなるの。
「……ねぇ、ちょっと、……その、相談、が、あるんだけどさ」
「なに?」
ノダ君が、ぎこちなく笑った。きっとあたしの笑顔も変だ。なんてことでしょう。向かいのホームにはお菓子メーカーが出した、チョコレートの広告が貼ってある。
「あたしね、お菓子作り出来ないの」
「……うん」
「もしも……もしも、チョコの……お菓子をさ、練習に……。
練習だよ?練習、だからね?
もしも、あたしがチョコのお菓子を作ったら……そしたらノダ君、食べて……くれる?」
「お……おう……練習、なんだよな?」
「そう、練習。練習だからね?
今年も誰かにあげる予定なんて無いんだけどっ、でも、ほら、今、売り場……とか、あるじゃん?
だから、一回やってみたくて……」
あたしってば、なんで今こんなことを言い出した!?
言ってて自分でもわけがわからない。
電車が、行っちゃった。
次の電車は、20分後だったはず。
「うん……他のヤロウに食われたくないし……その……『練習の』チョコ、オレが貰うよ……。
ほっ……他のヤロウには、絶対食わせるなよ?」
××××××××
バレンタインなんて、大っ嫌いだ。
こんなおせっかいなイベント、無くなっちゃえばいいんだよ。
一生懸命ネットで検索して、必死で作ったガトーショコラ。
ラッピングセンス、皆無だなぁ……。
受け取ってくれるって。
受け取ってくれるって。
ねぇ、ノダ君。
もう、告白、しても大丈夫……なんだよね?