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作者: 薄暮

 あぁまた見てしまった。と思った。


 アサミは開いていた本越しに向かいのホームを歩く男の顔を見る。

 見た目は40代後半といったところ。少々痩せ過ぎといった面持ちで、頬が痩けている。心なしか、その歩きに頼りなさを感じる。

 もしかすると、病気持ちかもしれない。などと縁起でもないことを見知らぬ男性相手に考える。


 いや、正確に言えば、その『顔』は『見知らぬ人』ではないのだ。


 ただ、向かいのホームを歩くその男性そのものと、アサミとは縁もゆかりもない。

 電車を待つ間、いつものように読んでいた本からたまたま目線を上げて、電光掲示板を見た。あと2分くらいはかかるのか。などと思いながら、目を休めるかのようにゆっくりと本を構えている正面に目線を戻そうとする過程で視界の隅に入ってしまっただけである。


 赤の他人でも、『顔』だけは知っている。あと、十数年後に見るであろう知り合いの『顔』を、アサミは今その男の顔から見ている。


 アサミには、彼女が知る人の未来の『顔』を見ることがある。この人、年をとったらきっとこんな顔になるんだろうな。と思わせるような顔を、見知らぬ他人の中から見つけてしまう。

 また、その『顔』はアサミとある程度親しい人のものしか見ない。将来知り合う人や、もしくはテレビなんかで見るような芸能人のそれは見たことがない。

 『顔』は、おおよそ現在から10~20年先のものであり、アサミがその『顔』を見た知り合いは、そっくりそのままその顔に年を取るのだ。

 

 最初はただの他人の空似だと思った。世の中には、似た顔の人間が3人はいる、などと聞いたことがある。それに、『似てる』といっても、今の顔に似ているわけではない。何十年も先のその人顔を見るのだ。場合によっては、今の面影を残さないほどに顔が変わってしまう場合だってある。

 何にしろ、結局は、見た瞬間にその顔を持つ本人とは全くの他人なのだ。その『顔』を持つ人が、彼女の知り合いであったことはない。


 ただ、それを見ることで何かしらの禍をもたらすようなことはない。たまたまアサミが見た年齢の『顔』が、彼女の知り合いの死に顔になってしまうこともある。だが、それはアサミが死相を見たわけではなく、かつて『顔』を見た知人全てが、その時に見た『顔』のままに年を取っている。

 誰ひとり違うことなく、その時見た通りの『顔』になっているという事実がアサミの心をざわつかせるだけである。


 アサミが初めてそれを見たのは、叔父だった。父親と公園で遊んでいた時に、ふと、公園の横を通る道を見たときに、それは歩いていた。

 当時、その公園で遊んでいたアサミが知っている叔父とは似ても似つかぬ程にやせ細り、病みついた顔であったにも関わらず、4歳のアサミは直感的に「叔父さんだ」と思った。   

 それからきっかり10年後、4歳のあの時に見た顔のまま、叔父は病で亡くなった。

 そして、14歳のアサミが叔父の葬式の際に見た親戚の顔は、過去の自分が赤の他人から見出した『顔』になっていた。


 今年で26になるアサミは、それを、今でも他人の空似だと思っている。いや、そう思いたいのだ。


 顔はその人の人生を刻むものであるとアサミは思う。

 笑うことで口の端に、悩むことで眉間に皺が刻まれる。それを数十年繰り返せば、その人がその間に過ごしてきた時間がどういったものだったかを『顔』に刻み、表に出してしまう。

 極端なことを言えば、その人の人生が幸か不幸かでさえ見出すことがあるだろう。

 たとえ赤の他人であっても、不幸な人生より幸福な人生を送って欲しいと思うものではないだろうか。親しい人であれば尚更であろう。


 自分と知り合う人にはせめて、悲しい顔ではなく、笑っていて欲しいとアサミは思う。知り合いの顔に、不幸が刻まれる前に気付く事ができれば、できる限り助けたい。とも思う。

 だが、アサミは未来の『顔』を見る。まるで『顔』を見た時点で、『顔』の持ち主の変えることができない未来を見せつけるように、未来の知り合いの『顔』を持った他人は彼女の前に現れる。


 だから、アサミは信じない。今、向かいのホームを歩く男の『顔』が、友人のひとりに似ていたとしても、彼がそんな『顔』になる未来を、彼女は信じない。信じてしまうと、自身の非力さを思い知らされるようで、悔しくてたまらないのだ。


 彼女は目線をその男から手元に戻した。何事もなかったかのようにすることで、自身が『顔』を信じていないことを自分自身に示すように。

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