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Angelica  作者: 工藤
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4.摂取と検査とポンコツ2


 ーーまるで水の中に潜っているかのように、意識が揺蕩う。


 心地よい温度の中、目覚めるか目覚めないかの瀬戸際を行き来し続けている。


 もう一度眠ってしまおうかと意識を落としかけると、聞き慣れない機械音が耳につき、ケイセの眠りを妨げた。



「ああ、起きたのか。待ってろ、今そちらに行く。」


 何故かガンガンと痛む頭に手を当て、ケイセが周りを見渡すと、束になった書類を手に持ったリンカがケイセの方を伺っていた。


「リンカさん……? 」


 確認の意も込めてケイセが名を呼ぶと、リンカが椅子を引きずりそこへ腰掛ける。そして、一瞬だけ優しい微笑を浮かべるとケイセに質問を投げかけた。


「どこか、体調に異変は?」


「いえ、特には」


「そうか。では、自分の名前と年齢はいえるか?」


「ええ、藤橋ケイセ、16歳です」


「よろしい」


 尋問のような空気で淡々と進むやり取り。そんな中、ケイセは何故自分がこのような状況に置かれているのかを未だぼんやりとしている頭で思い出そうとしていた。


***


「それじゃ、一気に説明しちゃうから置いてかれないでねぇ?」


 そんな言葉と軽いテンションで始まった八木の説明を受けたケイセ達は酷く困惑していた。

 それは、シオンの言葉で説明されたふわっとしたものとは程遠い、シビアな現実を受け止めざるを得なかったからだ。語り手の軽さに反してその内容は重く、決めかけた覚悟を崩されかねないほどだった。


 話の始まりは『身体能力の上限解放、副作用や障害が出ることもある』と表現した片方、障害のことだった。


 障害、その言葉に反してその効果には何かを失うといったことより、何かが強化されすぎたり、何かを得る、と言ったケースの方が多い。勿論失うケースもあるのだが、そもそも障害が出ないものもいるためその数はとても少ない。障害は死ぬまで消えることはなく、自らの意思で操れる場合もあれば自分では操れない場合など、統一性はないに等しい。障害が出るか、出たとしてどんなものが出るかはRK細胞が馴染んだ後でないとわからない。

 そんなイレギュラーなものを抱えるリスクを持ってRK細胞を摂取しなければならないのだ。


 その他、具体的なケースなどを交えた説明は八木の語る口調とは裏腹に重く、大事なものだった。

 そんなことをなぜ詳しく説明しなかったのだと誰もがシオンを糾弾したい気持ちに駆られたが、それより前に突きつけられた現実が厳しすぎて、何も言うことができなかった。


 そしてその次に、筋力、身体能力の上限解放について。


 上限解放、と一言でまとめているが、その可能性は高く、何がどのぐらい上昇するのかはわからない。

 それこそ人間を超えた力になることがほとんどだが、中には少し運動ができる人間程度にしか強化されないこともあったり、逆に強化されすぎてコントロールすることができなくなることもある。


 そして、RK細胞を摂取した肉体は、原理は解明されていないのだが、ダメージを皮膚が硬化しダメージを弾くことができる。普通の武器が通じなくなり、RK細胞で作られた武器じゃないと通らない。

 そういった説明を受けた時にマツリが呟いた、


「そんなの、お友達と同じじゃん……」


 という言葉がケイセの心に強く残り、しこりとなっていた。


 忌み嫌っているお友達と同じものになってまでお友達を殺す。

 それは、本当にマツリが望むことなのだろうか。

 ケイセがいくら考えてもどうにもならないことはケイセ自身も自覚している。

 だが、彼女の生真面目な性格から考えずに通り過ぎることはできなかった。


 三人がどれほどショックを受けていようと、八木の説明は続く。

 一時間弱ずっとしゃべり続けていたため、疲れている様子を出しながら八木が説明の終わりを告げる。

 だが、説明が終わったにも関わらず、三人は何も口にしない。


「それで、摂取するの? 摂取しないのぉ?」


 何も言わない三人に痺れを切らしたのか、若干苛立ちが混じった口調で問われる。だがその返答すらできず、三人はただ立ち尽くしていた。

 部屋に広がる気まずい沈黙の中、最初に口を開いたのはマツリだった。


「あの、……あたしは、摂取したいと思います」


「へえ、ーー摂取してから後悔しても、もう戻れないよぉ?」


「あたしはもともとお友達を殺すために来ました。後悔なんてしません」


 そう強く言い切った後、これ以上言うことはないと言わんばかりに胸を張るマツリ。不安げに周りを見ていた先程とは対照的に、今はただ一点。

 決意を決めた今、もう不安はないのか最初に出されて誰も口をつけていなかったもうとっくに冷めてしまったお茶をすすっている。

 すると、先ほどとは違いほんの少しだけ沈黙を挟んだ後、少女の声を模した機械音が部屋に響く。


『ソフィーも、やります。便乗とかじゃなくて、自分で決めたこと』


「うんまあ、二番煎じになるからもう聞き返さないけど」


 またもや気まずい沈黙が広がる。

 残りはケイセ一人だが、その決断の遅さを責める者はいないし、責める理由もない。マツリとソフィーは自分からお友達を殺すために来たものの、ケイセはマツリについてきた成り行きでこうなっているだけなのだ。

 断ってもおかしくない。

 むしろ、断って当たり前なのだ。


「ケイセ。……無理してあたしに合わせてやらなくてもいいんだよ?」


 優しく、でも厳しいマツリの言葉にケイセは何も返すことができない。

 ケイセにとっては今日会ったばかりとはいえ、死線を共に超えた相手でもあるのだ。会ってからほんの少ししか経っていない相手だが、ケイセが信頼できる相手だった。

 信頼できる相手からの優しい言葉に甘えてしまうことは容易だ。

 だが、いくらケイセが影響されやすい性分だとはいえ、彼女の中には確かにやりたいという気持ちが芽生えていた。

 だが、ケイセはそれを口に出す勇気が持てないままでいた。

 障害の話、摂取してからじゃもう戻れないということがケイセの決まりかけていた覚悟を恐怖で蝕み、脆くしていく。

 やりたい、でもどうしても怖い。当然と言えば当然の事なのだが、ケイセにとっては自分がひどく臆病で卑怯に思えてしまう。

 そんな中定まらない思考の中ふと、諦めてしまおうとケイセは思った。諦めても住処があることは先ほど証明されたし、やってもうまくいく保証が無いのだ。諦めて普通に後四年、生きていけばいい。

 そう思い、ケイセが口を開きかけたその瞬間。


 右太腿に強い衝撃と痛みを感じ、その痛みに顔を歪ませる。


「痛っ! ちょっとソフィー!? 何するのよ!」


 端末の角で思い切りケイセの太腿を殴りつけたソフィーを涙目で睨むケイセ。そしてそれを驚いた目で見ているマツリ。

 睨まれたソフィーはなんでも無いような顔をしてメモ機能が映し出された端末をケイセの目の前につきつける。


『諦めるのは簡単。でもケイセはもっとワガママになって、後先のことなんて考えずにやりたいことをやるべきとソフィーは思う』


 なんの温かみも無い文字だ。ソフィー本人だって表情は一つも変わっていない。知ったような口をきくなと怒鳴りつけたい気持ちもケイセには湧いてくるが。


 ーーそんな無機質な言葉に、ただの文字に勇気付けられてしまった彼女は何も言わず、ただ微笑を浮かべる。


「ヤギさん、あの、私も……」


「私も?」


「……やりたいと、思います」


「わかった。……ケイちゃんが決めたんだからね?それにしても、三人中全員、かぁ。これは新記録なかんじ?」


「え?」


「いや、今まで三人一気に来たとして、結局摂取するっていう子は一人いればいいほうだったからさぁ。新記録だなぁって思っただけ」


『くだらない』


 そう言って笑いあう風景は年頃の少女そのもので、その時だけは命の駆け引きなどを忘れて、ただただ笑いあっていた。

 話が終わり、最終確認も済んだ後。三人は一人ずつ部屋に連れられ、RK細胞を摂取した。

 麻酔を吸って、ふわふわとした頭でケイセが考えたことは「なんかイメージと違って予防接種みたいだなあ」などというくだらないことだった。

 手術だとかそういう者を想像していた彼女の予想と反して、麻酔を吸って、注射でRK細胞を打ち込んで、終わり。

 ぼんやりとした頭の中、そんな簡単すぎる手順で本当に強くなるのかというある意味当然の疑惑を感じながら、ケイセは誘われるまま眠りについたのだった。


***


 そんなことがあって今に至る、というわけだが、ケイセは正直実感がわかないままだった。

 眠っている間に全てが終わっていたうえに、予防注射のノリで摂取してしまっただとか、色々な混乱を抱えながらも淡々とリンカの問いに答えていく。


「よし、大体はこれで終わった。午後からは身体能力の検査を行う。昼時になったら飯を持ってくるから少し休んでいるといい」


「はい」


 言うなり近くのコンピュータの前に座り込んで、聞いたばかりのケイセの情報を打ち込み始めるリンカ。

問答が終わるともうケイセのやることはなくなってしまい、せわしなく手を動かすリンカに恐る恐る話しかける。


「あの、マツリとソフィーはどこにいるんですか?」


「あの二人なら今は別室で寝ている。貴様は私がたまたま見に来た時に目覚めたからな。診察が楽だったよ」


 普段は医療班のものが見ていて、目覚めたらそれぞれの担当のところに連絡が行く予定だったが、偶然ケイセの担当のリンカが見に来た時に目覚めた。そのような旨のことを一気に話されて一瞬ケイセは混乱したが、とりあえず他の二人の無事を察して安心する。

 ケイセの安心した表情を読み取ったのか微笑んだリンカは、「本は好きか?」と軽く尋ねると、置いてあった本棚から三冊ほど本を取り、ベッドに置いていく。


「まだ昼食まで一時間ほどある。それでも読んで暇を潰していてくれ」


 そう言うと、またもやコンピュータに向かうリンカ。

 その忙しそうな態度を見てこれ以上邪魔をするのはよくない思ったケイセは大人しく本を読んでいることにした。


 そして、ケイセがリンカが置いていつた本の二冊目を読み終えた頃。

 物音に気付いたケイセが本から視線を上げると、簡素な和食が二人分乗ったお盆を持ったリンカがいつの間にか動かしていた椅子に座っていた。


「あ、すいません。ありがとうございます」


「気にするな。よく食べておけよ」


 そう言って割り箸を割り、手を合わせるリンカに、同じく作法をしたあとに食べ始めたケイセが問う。


「あの、身体能力の検査ってなにするんですか?」


「ああ、筋力とか、戦闘面の能力とかそういうものだよ。気軽に受けるといい」


「戦闘面の能力……武器とか、そういう関係のですか?」


「そうだな。あとは障害とか、そういうことも調べるぞ」


「へえ。リンカさんも昔やったんですよね? どんなかんじだったんですか?」


 途端、リンカの箸が止まる。まずいことを聞いてしまったのだろうか、とケイセが内心焦り始める頃、リンカは、「あー」と困ったように頭を掻くと、苦笑を浮かべた。そして、そのまま一人で少しだけ悩み、出した結論が。


「うん、まあ。死んでないから大丈夫だ。うん」


「いや死を引き合いに出さなきゃいけない検査ってなにするんですか!?」


 勢いのまま激しく突っ込みを入れるケイセに苦笑で返すリンカ。

 あからさまに目をそらし、一息ついた後「まあそれこそ」と前置きを置く。


「ーー場合によっては死ぬより辛いかもしれないがな」


 リンカの場違いな美しい微笑に、笑顔のまま固まるケイセ。

 笑顔で固まるケイセを見たリンカは、まさに「やっちまった」と言わんばかりの表情で、


「だっ大丈夫だ! 再起不能にはしないぞ?」


「いやだから再起不能になる可能性がある検査ってなんなんですか本当!」



 ーー積極的に墓穴を掘っていくのだった。

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